公正性担保措置を理解することの意義
M&A(合併・買収)は企業の成長戦略において重要な役割を果たしますが、特にMBO(経営陣による買収)や親会社による子会社の買収などにおいては、構造的な利益相反や情報の非対称性が存在し、少数株主の利益が損なわれるリスクがあります。
このような状況下で、取引の公正性を担保し、少数株主の利益を保護するために設けられたのが「公正性担保措置」です。公正性担保措置を理解し、適切に実施することは、M&Aに関わる全てのステークホルダーにとって以下の意義があります。
1. 企業価値の向上
- 公正な手続きと価格での取引は、市場からの評価を高め、結果として企業の持続的な成長と企業価値の向上に繋がります。
- 不公正な取引は、訴訟や風評被害のリスクを高め、企業価値を毀損する可能性があります。
2. 少数株主の保護
- 少数株主の利益を保護し、公正な取引機会を提供することで、企業に対する信頼感を高めます。
- 少数株主の意見を尊重し、適切な情報開示を行うことで、少数株主との良好な関係を構築できます。
3. 法令遵守とリスク軽減
- 関係法令を遵守し、訴訟リスクやレピュテーションリスクを軽減します。
- 公正性担保措置を適切に実施することで、取引の透明性を高め、違法行為や不正を防ぐことができます。
4. 円滑なM&Aの実行
- 関係者間の合意形成を促進し、M&Aを円滑に進めることができます。
- 公正性担保措置に関する専門家の助言を受けることで、M&Aプロセスを効率化し、時間とコストを削減できます。
5. 投資家からの評価向上
- ESG投資の観点からも、公正性担保措置は企業の持続可能性を評価する上で重要な要素となります。
- 適切な公正性担保措置を実施することで、ESG投資家からの資金調達や投資を促進できます。
6. グローバルスタンダードへの対応
- 海外のM&A市場では、公正性担保措置の導入が一般的になっています。
- グローバルなM&A取引において、国際的な基準に合わせた公正性担保措置を実施することは、海外企業や投資家からの信頼獲得に繋がります。
公正性担保措置は、M&Aにおける少数株主の保護と企業価値の向上にとって不可欠な要素です。M&Aに関わる企業は、経済産業省の指針などを参考に、適切な公正性担保措置を実施し、公正かつ透明性の高いM&Aを実現する必要があります。
公正性担保措置が必要となる場合
公正性担保措置は、M&Aにおいて構造的な利益相反や情報の非対称性が存在する場合に特に重要となります。具体的には以下の場合が挙げられます。
1. MBO(マネジメント・バイアウト)
- 経営陣自らが買収主体となるため、企業価値を低く見積もるインセンティブが働き、少数株主にとって不利な取引となる可能性があります。
- 経営陣は企業内部情報に精通しているため、情報格差を利用して不当に有利な条件で買収を行うリスクがあります。
2. 支配株主による従属会社の買収(親子上場の解消など)
- 支配株主は、従属会社の少数株主よりも多くの情報や影響力を持つため、少数株主にとって不利な条件で買収を行う可能性があります。
- 支配株主は、グループ全体の利益を優先し、従属会社の少数株主の利益を軽視するリスクがあります。
3. その他のM&A取引
- 経済産業省の「公正なM&Aの在り方に関する指針」では、MBOや支配株主による従属会社の買収以外にも、一定程度の構造的な利益相反や情報の非対称性が存在する場合には、その程度に応じて公正性担保措置を講じることが望ましいとされています。
- 例えば、経営陣の一部が買収ファンドと共同で買収を行う場合や、特定の株主が他の株主よりも有利な条件で株式を売却する場合などが該当します。
公正性担保措置の必要性の判断
- 公正性担保措置が必要となるかどうかの判断は、M&Aの形態や状況、関係者間の力関係、取引条件などを総合的に考慮して行われます。
- 一般的には、利益相反や情報格差が大きいほど、より厳格な公正性担保措置が求められます。
- 企業は、専門家(弁護士、会計士、財務アドバイザーなど)の助言を得ながら、適切な公正性担保措置を検討・実施することが重要です。
公正性担保措置の定義及び内容
経済産業省が2019年に公表した「公正なM&Aの在り方に関する指針」では、公正性担保措置を、「取引条件の公正さを担保することに資する実務上の具体的対応」と定義しています。
公正性担保措置は、M&Aにおける少数株主の保護と取引の公正性を確保するために重要な役割を果たします。以下に、具体的な項目について深堀りして解説します。
1. 特別委員会の設置
- 意義:独立社外取締役を中心とした特別委員会を設置することで、M&A取引における利害関係者からの影響を受けずに、客観的かつ専門的な視点から取引の公正性を評価できます。
- 構成:独立社外取締役を中心に、必要に応じて弁護士や会計士などの外部専門家を加えることで、専門性と客観性を高めます。
- 役割:取引条件の検討、外部専門家の選定、フェアネスオピニオンの取得、少数株主への情報開示など、M&Aプロセス全体を監督し、少数株主の利益を保護します。
2. 外部専門家の活用
- 財務アドバイザー:M&A取引における企業価値評価、価格交渉、デューデリジェンスなどを支援します。独立性と専門性を確保するために、利害関係のない第三者を選定することが重要です。
- 法律アドバイザー:M&A取引に関する法務デューデリジェンス、契約書の作成・交渉、法令遵守などを支援します。
- 会計アドバイザー:財務諸表の分析、会計処理のアドバイス、税務に関する助言などを提供します。
3. フェアネスオピニオンの取得
- 意義:独立した外部専門家(通常は財務アドバイザー)から、M&A取引価格が公正であるという意見(フェアネスオピニオン)を取得することで、取引の公正性を客観的に証明できます。
- 内容:フェアネスオピニオンには、対象会社の企業価値評価、類似取引との比較分析、取引価格の算定根拠などが記載されます。
- 効果:フェアネスオピニオンは、少数株主総会での承認取得や訴訟リスクの軽減に役立ちます。
4. 少数株主への情報開示
- 意義:M&A取引に関する情報を十分に開示することで、少数株主が適切な判断を下せるようにし、取引の透明性を高めます。
- 内容:取引の目的、背景、当事者、取引条件、今後の見通しなど、少数株主が取引を理解するために必要な情報を提供します。
- 方法:招集通知、臨時報告書、説明会などを通じて情報を開示します。
5. 競争入札の実施
- 意義:複数の買い手候補者による競争入札を実施することで、より高い価格での売却や、より有利な条件での買収を実現できます。
- 留意点:競争入札の実施には、秘密保持契約の締結や入札手続きの公平性確保など、適切な準備と運営が必要です。
6. 買収価格の算定根拠の明確化
- 意義:DCF法や類似会社比較法など、客観的な手法を用いて買収価格を算定し、その根拠を明確にすることで、取引の透明性を高めます。
- 留意点:算定根拠を明確にするだけでなく、その妥当性についても十分に検討し、必要に応じて外部専門家の意見を参考にします。
7. マジョリティ・オブ・マイノリティの承認
- 意義:MBOや親子上場解消など、特定の取引形態においては、マジョリティ・オブ・マイノリティの承認を得ることで、取引の公正性を担保できます。
- 留意点:少数株主に対して、取引条件や公正性担保措置の内容についても十分に説明することが重要です。
上記以外にも、M&Aの形態や状況に応じて、適切な公正性担保措置を検討・実施することが重要です。
まとめ
公正性担保措置は、M&Aにおける少数株主の保護と企業価値の向上にとって不可欠な要素です。M&Aに関わる企業は、経済産業省の指針などを参考に、適切な公正性担保措置を実施し、公正かつ透明性の高いM&Aを実現する必要があります。
また、M&Aの専門家は、公正性担保措置に関する専門知識を習得し、クライアント企業に対して適切なアドバイスを提供することが求められます。