ニュースでも話題になったベネフィット・ワンのTOB案件についてまとめます。

第一生命ホールディングス(以下、第一生命HD)によるベネフィット・ワン(以下、ベネワン)の買収は、2023年から2024年にかけて行われた重要な企業買収案件です。この買収は、エムスリー株式会社(以下、エムスリー)との競争の中で進行し、最終的に第一生命HDがベネワンを完全子会社化することとなりました。

買収の背景と経緯

エムスリーの公開買付け

エムスリーは、医療従事者向けの医療ポータルサイト「m3.com」を運営する企業で、2023年11月14日にベネワンの株式公開買付け(TOB)を開始しました。エムスリーは、ベネワンを連結子会社化することを目的としており、パソナグループ(以下、パソナ)が保有するベネワン株式の全てを取得する計画でした。エムスリーのTOB価格は1株あたり1600円で、公開買付け期間は2023年11月15日から12月13日までとされました。

第一生命HDの対抗TOB

エムスリーのTOBに対抗して、第一生命HDは2023年12月5日にベネワンおよびパソナに対して、1株あたり1800円(最終的には1842円)を提示する公開買付けを提案しました。第一生命HDの目的は、ベネワンを完全子会社化することであり、エムスリーの提案を上回る価格を提示することで、ベネワンの株主に対してより魅力的な条件を提供しました。

買収の手続きとスキーム

買付け予定数の設定

第一生命HDは、買付け予定数の下限を15.44%と設定し、上限は設けませんでした。これは、パソナが所有する51.16%の株式と合算して66.60%を確保するためです。特別決議を確実に行うために必要な株式数を確保することが目的です

公開買付けの実施

第一生命HDは、2024年2月8日にベネワンの一般株主に対して公開買付けを開始し、1株あたり2173円の価格を提示しました。この価格は、エムスリーの提示価格を大きく上回るものでした。公開買付けの結果、第一生命HDはベネワンの株式の37.41%を取得し、公開買付けが成立しました。

株式併合とスクイーズアウト

公開買付け後、第一生命HDはベネワンの株式併合を実施し、一般株主をスクイーズアウト(締め出し)する計画を進めました。株式併合により、一般株主の所有する株式は1株未満となり、これを端株として買い取ることで、一般株主を排除しました。この手続きにより、第一生命HDはベネワンを完全子会社化しました。

パソナ所有株式の自己株式取得

パソナが保有するベネワン株式については、公開買付けに応じず、株式併合後にベネワンが自己株式として取得する方法が取られました。この方法により、パソナは税制上のメリットを享受し、そのメリット分を一般株主の買付け価格に反映させることで、一般株主に対しても有利な条件を提供しました.

買収の意義と影響

企業価値向上とシナジー効果

第一生命HDは、ベネワンの買収を企業価値向上のための中核事業と位置付けています。ベネワンの約950万人の顧客基盤を活用し、共同で保険商品や健康サービスの開発を行う計画です。これにより、中小企業への営業強化や新規事業の開拓を目指しています.

公正な手続きとM&Aの指針

第一生命HDの買収手続きは、「公正なM&Aの在り方に関する指針」に概ね沿って行われました。ベネワンは独立した特別委員会を設置し、外部専門家の助言を得て、価格決定の公正さを担保しました。これにより、一般株主に対しても公正な条件が提供されました.

本件では、MOM条件は設定されていませんでしたが、公開買付け価格の決定において特別委員会の関与の下で価格が引き上げられたことから、価格の公正性が確保されました。また、法定書類の記載を充実させるとともに、ニュースリリースを通じて詳細な説明を行い、一般株主への情報提供とプロセスの透明性を確保しました。

公開買付け後の株式併合によるスクイーズアウトにおける株式の対価は、公開買付けに応じた場合と同額に設定されており、強圧性の問題は排除されています。

株主優待の廃止と上場廃止

ベネワンは、第一生命HDによる完全子会社化に伴い、株主優待制度を廃止し、上場廃止となる見通しです。これにより、従来の株主優待を享受していた株主には影響が及びますが、TOB価格の上昇により、株主は大きな利益を得ることができました.

買収理由

第一生命HDがベネフィット・ワンを買収する理由は、国内生保事業の先細りに対する危機感から新たな成長源を確保するため、ベネワンの広範な顧客基盤とシナジー効果を活用するため、そして競争環境の中で戦略的優位性を確保するためです。この買収により、第一生命HDは非保険事業の拡大と企業価値の向上を目指しています。

1. 国内生保事業の先細りと新たな成長源の確保

国内生保事業の厳しい状況

第一生命HDは、国内の生命保険市場が少子高齢化や人口減少により縮小していることに強い危機感を抱いています。特に、収益性の高い死亡保障や医療保険の販売が不振であり、2023年4月から12月期の新契約価値が前年同期比で65%減少するなど、厳しい状況が続いています。

非保険事業の拡大

このような背景から、第一生命HDは非保険事業の拡大を目指しています。ベネワンの買収は、福利厚生代行サービスという新たな事業領域に進出することで、収益源を多様化し、安定した成長を図るための戦略的な一手です。

2. ベネフィット・ワンの顧客基盤とシナジー効果

広範な顧客基盤

ベネワンは約950万人の利用者を抱える福利厚生代行サービスの大手企業であり、その顧客基盤は非常に魅力的です。第一生命HDは、この広範な顧客基盤を活用して、企業向けサービスを拡充し、保険商品や健康サービスの提供を強化する計画です。

シナジー効果

第一生命HDは、ベネワンの福利厚生プラットフォームを活用し、自社の保険商品や健康サービスを組み合わせることで、シナジー効果を生み出すことを期待しています。特に、給与天引きの決済システム「給トク払い」を活用することで、保険商品の販売促進や新規顧客の獲得が見込まれています。

3. 競争環境と戦略的優位性の確保

また、ライバルである日本生命が介護大手のニチイ学館を買収するなど、生命保険業界全体で異業種の企業を買収する動きが活発化しています。第一生命HDもこの流れに乗り、ベネワンの買収を通じて競争力を強化し、戦略的優位性を確保する狙いがあります.

想定シナジー

第一生命HDとベネワンの事業シナジーは、顧客基盤の活用、福利厚生サービスの拡充、新規事業の開拓と収益の多様化、企業価値の向上と競争力の強化により実現されます。これにより、第一生命HDは非保険事業の拡大と企業価値の向上を目指し、ベネワンとの協力を通じて新たな成長を図ることが期待されます。

1. 顧客基盤の活用

広範な顧客基盤

ベネワンは約950万人の利用者を抱える福利厚生代行サービスの大手企業です。この広範な顧客基盤を活用することで、第一生命HDは企業向けサービスの拡充を図ることができます。特に、企業の従業員やその家族に対して、保険商品や健康サービスを提供することで、新たな顧客接点を創出します.

給与天引き決済システム「給トク払い」

ベネワンが提供する給与天引き決済システム「給トク払い」は、第一生命HDの団体保険の給与天引きと類似した仕組みであり、両者の親和性が高いとされています。このシステムを活用することで、保険商品の販売促進や新規顧客の獲得が期待されます.

2. 福利厚生サービスの拡充

福利厚生プラットフォームの活用

ベネワンの福利厚生プラットフォーム「ベネフィット・ステーション」を活用することで、第一生命HDは企業向けの福利厚生サービスを拡充できます。これにより、企業の経営課題解決や従業員の満足度向上に寄与することができます.

健康経営の推進

第一生命HDは、ベネワンの福利厚生サービスを通じて、企業の健康経営を支援することができます。これには、健康診断やメンタルヘルスケア、育児・介護支援などのサービスが含まれます。これにより、企業の従業員の健康維持や生産性向上を図ることができます.

3. 新規事業の開拓と収益の多様化

非保険事業の拡大

第一生命HDは、国内の生命保険市場が少子高齢化や人口減少により縮小している中で、非保険事業の拡大を目指しています。ベネワンの買収により、福利厚生代行サービスという新たな事業領域に進出し、収益源を多様化することができます.

新規会員の獲得と利益の向上

第一生命HDは、ベネワンの新規会員獲得を支援し、同社の利益水準を大幅に引き上げる計画です。具体的には、ベネワンが新規会員を当初3年間で約200万人獲得できるようサポートし、同社単体の利益水準を令和12年度に3倍へ引き上げる方針です.

4. 企業価値の向上と競争力の強化

シナジー効果の最大化

第一生命HDは、ベネワンとのシナジー効果を最大化するために、両社のサービスを一体化し、顧客に対して包括的なソリューションを提供することを目指しています。これにより、企業価値の向上と競争力の強化を図ります.

保険商品開発の柔軟性

ベネワンの福利厚生プラットフォームを活用することで、第一生命HDは保険商品開発の柔軟性を高めることができます。これにより、顧客のニーズに応じた新しい保険商品やサービスを迅速に提供することが可能となります

第一生命HD中期経営計画の概要

第一生命HDが保険サービス業への進化を目指し、ベネフィット・ワンを中心とした非保険領域の拡大とデジタル戦略の強化を通じて、持続的な成長と企業価値の向上を図るものです。

1. 目標と戦略

  • 修正利益目標: 2026年度までに修正利益を4000億円に引き上げる計画。これは2023年度見込みの2700億円から約5割増加することを目指しています。
  • 配当性向: 配当性向を30%以上から40%以上に引き上げ、株主還元を強化する。
  • 資本効率の向上: 資本コストを安定的に上回る資本効率を達成し、自己株式取得を縮小しつつ配当性向を引き上げる。

2. ベネフィット・ワンの役割

  • 完全子会社化: 第一生命HDは、ベネフィット・ワンを完全子会社化する計画を発表し、2024年2月にTOB(株式公開買付)が成立しました。
  • シナジー効果: ベネフィット・ワンの福利厚生プラットフォームを活用し、第一生命の保険商品やサービスと連携させることで、顧客基盤の拡大と新たな顧客創出を目指します。
  • 利益目標: ベネフィット・ワン単体の利益水準を2030年度までに3倍に拡大する計画です。

3. 非保険領域の拡大

  • 新規事業: 健康・医療やつながり・絆領域の事業スケールの拡大を目指し、ベネフィット・ワンをハブとしたエコシステムの構築を進めます。
  • 戦略投資: 非保険領域(含むアセットマネジメント事業)の利益貢献を2030年に10%規模に成長させることを目指します。

4. 海外事業の強化

  • M&A戦略: 北米を中心とした海外事業でのM&Aを通じて、修正利益を1600億円に引き上げる計画です。

5. デジタル戦略

  • BaaS(Banking as a Service): 新規のお客さま接点を効率的に増やし、資産形成プラットフォーム内の様々な機能を活用することで、オンライン商品の提供や対面コンサルへとつながる仕組みを構築します。

6. 財務・資本戦略

  • 市場リスク削減: 金利リスク削減は目標を超過して達成したものの、株式リスクは保有銘柄の時価上昇に伴い増加。新中計においては、DL保有の国内株式を3年間で1.2兆円削減することで、株式リスクの削減ペースを加速します。

パソナの売却理由

パソナがベネフィット・ワンを売却した理由は、事業ポートフォリオの見直しと成長投資の推進、株主還元の強化、経営改善の要請に応えるためです。これにより、パソナは財務基盤を強化し、長期的な成長を目指す戦略を進めています。

1. 事業ポートフォリオの見直しと成長投資

事業ポートフォリオの見直し

パソナは、事業ポートフォリオを見直し、成長投資を進めるためにベネワンを売却することを決定しました。ベネワンは福利厚生代行サービスの大手であり、パソナにとって重要な収益源でしたが、売却によって得られる資金を他の成長分野に投資することで、企業全体の成長を図る狙いがあります。

成長投資への資金充当

パソナは、ベネワンの売却で得た資金を新規事業投資や設備投資に充てる計画です。これにより、企業の経営基盤と収益力の強化を目指しています。特に、企業や自治体向けの新規事業開発や既存事業の拡大に資金を投入することで、長期的な成長を実現しようとしています。

2. 株主還元と財務戦略

特別配当の実施

パソナは、ベネワンの売却に伴い、株主還元策として特別配当を実施することを決定しました。具体的には、2024年5月期から2028年5月期までの5年間にわたり、毎期1株当たり60円の特別配当を行う予定です。これにより、株主に対する利益還元を強化し、株主価値の向上を図ります。

財務戦略の強化

ベネワンの売却により、パソナは約1,223億円(個別決算ベース)および約1,120億円(連結決算ベース)の売却益を得る見込みです。この資金を活用して、財務基盤の強化や新たな成長機会の創出を目指しています。

3. 経営改善と市場の期待

経営改善の要請

過去にはアクティビスト(物言う株主)から経営改善を求められたこともあり、パソナは経営効率の向上と収益性の改善を図る必要がありました。ベネワンの売却は、このような経営改善の一環として位置付けられています。

市場の期待

市場からは、ベネワンの売却による大規模な資金還元や成長投資への期待が高まっています。特に、売却益を活用した新規事業の展開や既存事業の強化に対する期待が大きく、パソナの株価にもポジティブな影響を与えています。

まとめ

第一生命HDによるベネワンの買収は、エムスリーとの競争の中で進行し、最終的に第一生命HDがベネワンを完全子会社化することで完了しました。この買収は、企業価値向上や新規事業の開拓を目指す第一生命HDにとって重要な戦略的決定であり、公正な手続きに基づいて実施されました。今後、第一生命HDとベネワンのシナジー効果がどのように発揮されるかが注目されます。