- 複雑多岐に論点がまたがる、越境ECの全体像
- 越境ECを始める際に検討すべき5つの切り口
はじめに:越境ECビジネスを俯瞰する
越境ECを始める際に、必要なことは何か?という質問に対して、あなたは何を思い浮かべるでしょうか?
海外市場の理解?関税制度の理解?
一度立ち止まって考え始めると、様々な論点が出てくるでしょう。一方で、実務においては、多くの企業は「海外で自社商品を売る」という目的のもと、特定の販路の選定やマーケティングといった個別論点から検討を始めがちです。
世の中に出回っている情報は断片的で、網羅的に論点が整理されたものはあまり存在しません。それ故、「いざ始めてみたら、想定外の法律問題で止まってしまった」「見込んでいた物流コストの何倍もかかった」といったリスクに直面するケースが後を絶ちません。
越境ECは、マーケティングや物流、法務、組織など、多様な要素が絡み合う複雑な事業です。そのため、いきなり個別のノウハウに飛びつくのではなく、まずは事業全体を俯瞰し、検討すべき論点を網羅的に把握することが成功への第一歩となります。
本記事は、越境ECという広大なビジネスをナビゲートするための「地図」として執筆します。この地図を頭に入れることで、あなたは今、どの地点にいるのか、次に何を検討すべきかが明確になります。今回は、特に重要な5つの視点から、越境ECを考えるための全体像を用意しました。
この地図を参考に、各論点の概要を捉えながら、あなたのビジネスにとって本当に重要な個別論点を見つけ出していきましょう。その上で、個別論点は別記事で開設していきます。

1. 越境モデルの理解
越境ECの収支構造を理解する
越境ECの収支は、国内販売とは異なり、非常に複雑な要素が絡み合います。まずは、商品代金が国内で販売する場合と、海外で販売する場合でどのように変化するかを見てみましょう。海外においても、成功において重要なファクターは商品価格です。そのため、この構造を理解することで、考慮すべき論点が明確になります。例えば、越境ECにおいて、日本とは別に考慮する必要があることは、
- 高額な国際配送: 国際配送においては、国ごとに輸出入手続きや必要書類(インボイス、パッキングリストなど)が異なります。それ故、国ごとに到着する配送リードタイムが異なり、また、国ごとに国際配送料も大きく変化します。国際配送料は送料に対する比率が10-30%以上することもあり、高額な故に、商品代金に対する影響(商品代金を上乗せする割合)も大きく、戦略を大きく左右します。
- 不安定な税金: 消費者が支払う商品代金には、日本のように一律の消費税だけではなく、: 各国の制度によって税率や徴収方法が異なる関税と付加価値税(VAT/GST)が加わります。関税制度は近年、国際情勢や政策変更によって不安定になっています。この読めないコストが、越境ECの難易度を上げている一因です。
- 為替リスク: 決済が外貨で行われる場合、為替の変動が直接的な収益に影響を与えます。円安が進めば収益は上がりますが、円高が進むと一転して収益が悪化します。このリスクを抑えるために、商品代金に数パーセントの為替変動バッファを上乗せするなどの対策を検討する必要があり、その分商品代金は高額になります。

越境ECのモデルとツールの選択肢
越境ECにはいくつかのモデルが存在します。上述のような複雑な課題をどう解決するかによって、自社の状況に合わせて、最適な選択肢を選ぶことが成功の鍵となります。
- 自社ECで展開する:Shopifyのような越境に対応したツールを活用し、国内で自社ECサイトを立ち上げ、そのまま越境にも活用します。メリットとして、自社ブランドの世界観を自由に表現でき、顧客データを自社で直接管理できます。本格的に越境ECを展開する上では、最も効率的で自由度が高いモデルです。一方で、課題としては、上述の2-5を全て自社で対応する必要があり、特に難易度が高い物流面も自社対応が必要になるため、効果が大きいのと裏腹に、構築にコストが大きく発生します。自社ECを運用しながら、物流面は後述する転送サービスを活用するなどのオプションもあります。ただし、自社で展開する場合、マーケティングの内製化が重要になり、どこまでリソースを投下できるかを考慮する必要があります。
- 代理購入・転送サービスを活用する:tensoやWorld shipping Bizのようなサービスが、海外顧客からの注文や決済、国際配送を代行してくれるサービスを活用します。代理購入・転送サービスは、物流面では代理購入事業者が独自の物流網を駆使して代行してくれるため、物流の難易度が低いです。自社ECに代理購入・転送サービスを組み合わせることで、自社ECのブランディングを担保しながら、最も難易度の高い物流・決済を委託できます。自社ECを作りながら、必要な部分で、他社サービスを利用し、手軽に越境ECを開始できることがメリットです。
- モール型で展開する: アメリカ向けでいうと、Amazon Global SellingやeBay、中国でいうとTmallなど市場を握る巨大なマーケットプレイスに出品します。プラットフォームには、圧倒的な集客力があるため、広告費を抑えて手軽に海外の顧客にリーチできます。特に中国市場においては、プラットフォームの力が圧倒的であり、国によっては、モール型での展開が第一の候補になります。また、決済面においては、モール内で完結するため、考慮が不要です。課題としては、手数料が一定発生するのと、ブランドの世界観を表現しにくいというデメリットがあります。また、国際物流においては、自社で運用が必要であり、自社EC展開時と比較し、マーケティング難易度は低いですが、物流難易度は同様に存在します。
このように、越境ECのモデルは一様ではありません。自社越境ECで本格的に展開する場合でも、その課題を補完するために、海外決済に対応した決済サービス、関税を自動で徴収するサービスなどを組み合わせて利用することが成功の秘訣になります。
2. 海外市場の理解
越境ECを成功させる鍵は、現地の消費者が「何を求めているか」を深く理解することです。国内の均一化した市場と異なり、グローバル市場を攻める際は、その国々での商習慣やユーザーが利用するツールを把握し、適切なマーケティングを打つことが重要になります。具体的に、国内と海外では下記の違いがあります。
例えば、LINEを世界で利用している国がどこかご存知でしょうか。LINEが普及する国は世界では大きく3カ国しかありません。それは、日本以外で言うと、台湾とタイです。それ以外の国では、異なるSNSツールが利用され、中国においては、インスタグラム等も利用できないため、マーケティング手法が大きく異なります。
具体的に、日本市場を理解する場合と海外市場を理解する場合での大きな違いをまとめました。
| 項目 | 国内市場の理解 | 越境ECにおける市場理解 |
|---|---|---|
| 文化・商習慣 | 言語は日本語で統一され、誰もが想像できる均一性の高いペルソナを想像可能 | 国・地域によって、親日度合いや越境ECへの受容性は大きく異なる。決済サービスの普及度合いなどから商習慣が異なり、かつ本格的な市場神道には各国言語対応が重要(英語だけではNG) |
| 商品価値 | 多くの商品がコモディティ化している中で、機能性や価格競争力が重要に | 機能性や価格競争力は大前提におきながら、あえて、日本から越境で購入する意義を、文化的価値(Made in Japan)や背景にあるストーリーから伝える必要がある |
| 普及ツール | 利用するツールは、LINE、Google、Instagram、Youtubeなど、ほぼ統一 | 国・地域ごとに、使用するSNSが異なり、各ツールの理解と、マーケティングの最適化が必要(LINE、WeChat、TikTokなど) |
| 競合環境 | 国内の目に見える範囲で競合を捉えることが可能 | 自社と同一カテゴリの現地での普及品、自社商品の現地輸入品、並行輸入品、他企業からの越境販売品と幅広く比較検討する必要があり、現地調査も含め、競合調査難易度が高い |
このようなポイントを押さえ、「自社の商品を誰に、どこで、どのように売るか」を明確にしてペルソナを策定することで、越境EC成功の第一歩を踏み出すことができます。
3. 消費者を取り巻く法規制の理解
越境EC事業を始める上で、初心者は最も見落とされがちで、かつ最大の致命的なリスクとなりうるのが、各国の法規制です。国内での常識は海外では通用せず、無知のまま事業を進めると、巨額の罰金やブランドイメージの失墜に繋がります。
例えば、日本のクーリングオフと韓国のクーリングオフ制度を比較するとしましょう。日本のECにおいては、 基本的にクーリングオフ制度の対象外です。返品の可否や条件は、EC事業者が広告に記載した特約に従うことになります。一方で、韓国のクーリングオフ制度は、商品を受け取った日または、契約内容を記載した書面を受け取った日から7日以内であれば、理由を問わず契約を解除できると法律に明記されています。このくらい、隣国でも法規制が異なるので、慎重な検討が重要になります。
国によって規制の厳しさや内容は全く異なります。例えば、欧州連合(EU)のGDPR(一般データ保護規則)は世界でも最も厳しい個人情報保護法の一つであり、これを遵守せずにECサイトを運営すると、多額の制裁金を科される可能性があります。個人情報保護法は内容の類似性はあるものの、各国ごとに異なる法律があることもあり、自社で展開する際には慎重に確認が必要になります。
商品カテゴリによっては、特定の国で輸入規制がかかっていたり、販売にライセンスが必要だったりするケースもあります。これらのリスクを回避するために、特に下記のポイントを中心に事前に確認しておく必要があります。
- 個人情報保護: 顧客データの取り扱いに関する規制
- 消費者保護: 返品・返金に関するルールや、商品表示義務
- 輸出入規制: 商品の成分や規格に関する規制、必要な認証
また、国によっては、現地に法人を保有していないと越境ECですらビジネスができない場合もあります。
これらの規制をすべて自力で把握するのは困難です。そのため、本メディアでは詳細な個別記事を多数用意しています。本格的な事業着手前に、ぜひ専門家への相談もご検討ください。法規制への適切な対応は、ビジネスを長期的に継続するための必須条件なのです。
4. 海外物流の理解
法規制と並び、越境ECで最大の論点であり、競争優位性を築くために重要なのが海外物流の理解です。物流を制するものが勝負を制すると言っても過言ではないほどに、越境物流は重要になります。なぜなら、国際配送料だけで、商品代金に対して、10-30%を占めるほど消費者にとって大きな意思決定ポイントになるからです。さらにその上で、消費者にはわかりずらい、関税も発生します。消費者にとって、一番不安になるポイントでもあるため、大きく成功を左右します。また企業にとっても、日々各国の制度が変わる、最も厄介な部分になります。
海外物流を理解するには大きく3つのポイントを押さえる必要があります。
- 国際配送料: 商品代金に対し、10-30%を占めることもある国際配送料をいかに効率的に抑えるかは、消費者にいかに安く商品を提供できるか、すなわち売上を左右する重要なポイントです。複数の配送手段(国際郵便、国際宅配便、フォワーダーなど)を比較し、商品特性やターゲット国に合わせた最適な手段を選定する必要があります。
- 関税: 各国の関税制度は異なり、国別で商品のカテゴリごとにも税率が変動します。さらに各国の方針によって、関税が日々変動している今日この頃です。関税を事前に把握しないままでは、正確な価格設定や収益計算ができません。届いてから、関税が異常にかかりましたということがないように、日本からの各国の関税情報を正確にリストアップし、深く理解しておくことが不可欠です。
- 関税の徴収方法: さらに、関税は誰がどのように支払うかによって、2つの方法に分けられます。どちらを選択するかで、消費者への透明性やブランドの信頼性が大きく変わります。
- DDU(Delivered Duty Unpaid): 関税を顧客が負担する方法。商品到着時に顧客が関税を支払うため、商品販売時の代金は安く見える一方で、予期せぬ費用に不満を抱くリスクがあります。
- DDP(Delivered Duty Paid): 事業者が関税を負担する方法です。事前に一定金額を商品代金に組み込んでおく、または外部サービスを利用し、一定ロジックで関税を上乗せするなどの方法があります。ECサイト上で関税込みの価格を表示できるため、顧客は安心して購入でき、ブランドの信頼性が向上します。一方で、商品価格が高く見えてしまうため、他社がDDUを選択していた場合に、商品金額の競合優位性が失われてしまいます。
このように、物流は単なる配送業務ではありません。適切な配送手段の選択、複雑な関税制度への対応、そして関税の徴収方法の決定が、越境ECの競争戦略上の大きなポイントになります。これらの論点を明確にし、競争力のある物流を組めた企業こそが、越境ECの勝者になれるのです。
5. 成功する組織の構築
最後に、重要となるのが組織です。越境ECは多岐にわたる専門知識を必要とします。適切な組織体制や人材がいなければ、事業は停滞します。具体的には、下記のような項目を理解していくことが重要となります。
日本国内市場とは異なり、越境ECの世界では、市場の文化や法規制の違い、時差によるコミュニケーションギャップ、そして何よりも現地の顧客ニーズへの対応スピードが決定的な差を生みます。これらの課題を乗り越えようとしたとき、多くの企業が直面するのが「組織の壁」です。本社から全てを確認するのは至難の業であり、とはいっても、現地にローカライズをするための人材を派遣できる企業も一部でしょう。そうなった際には、代理店やパートナー企業を活用した運用が現実的となりますが、パートナー企業も適切に選定する必要があります。
このように最後の論点として、1-4の論点を抑えた上で、それを実現する適切な組織が重要になるのです。
まとめ
越境ECは、マーケティング、物流、法務、組織など多様な要素が絡み合う複雑な事業です。成功には、個別のノウハウに飛びつく前に事業全体を俯瞰し、論点を網羅的に把握することが不可欠です。特に重要な5つの論点として、国際配送や不安定な税金・為替リスクを含む「越境モデルの理解」や、国ごとに異なる商習慣やSNSツールを把握する「海外市場の理解」が挙げられます。加えて、巨額の罰金リスクがある「法規制の理解」、競争優位性を左右する「海外物流と関税制度の理解」(DDU/DDPの選択を含む)、そしてこれらを推進する「成功する組織の構築」が、事業を長期的に継続するための鍵となります。
これから、本連載を通じて、それぞれの論点について、理解を深めていきましょう。

