第3回 計画と戦略 計画は「縛る」ためではなく「選ぶ」ためにある

この記事で抑えておくべきポイント
  • 「やらないこと」を決めることこそ戦略である
  • 逆算思考(バックキャスティング)での計画策定の重要性
  • ビジョンを「数字」から「物語(ナラティブ)」へ変換する

はじめに

前回の記事では、計画がないときにどのような落とし穴に陥る可能性があるのか。社長が日々抱える不安の要因と、落とし穴としてのキャッシュフローの重要性に関して、説明しました。今回からは、具体的に計画をどのように作っていくのかを解説します。

第2回 売上があるのに、資金がない。「どんぶり経営」が招く落とし穴

  • なぜ「売上」があるのに「不安」なのか?不安の要因を明確にする
  • 「黒字倒産」しないための、キャッシュフローの重要性を学ぶ

中小企業にこそ「捨てる勇気」と「逆算のビジョン」が必要な理由

さて、計画をどのように作っていくのが良いでしょうか。いざ「さあ、計画を立てましょう」と一歩踏み出そうとすると、多くの経営者の足が止まってしまいます。そこには、無意識のうちに刷り込まれた「計画への誤解」があるからです。

「計画を立てると、目の前のチャンスに飛びつけなくなるのではないか」 「計画通りの数字が出なかったとき、社員に申し訳ない、あるいは自分が情けない」 「そもそも、明日何が起こるかわからない時代に、3年後のことなんて考えても無駄ではないか」

特に、将来が予測できないことに対して、予測できないのに計画を立てても無駄ではないか。というように感じる方が多いように思います。

しかし、経営計画とは、あなたを不自由にする「鎖」ではありません。むしろ、迷いという名の深い霧を払い、あなたを本当の意味で自由にする「羅針盤」なのです。次の章から、計画に対する不安や思い違いを解き、羅針盤にしていくための方法を解説します。


計画に対する「最大の誤解」を解く

まず、私たちが真っ先に捨てなければならないのは、「計画=ルール(守らなければならないもの)」という固定観念です。多くの会社で作られている計画は、単なる「売上の予定表」です。売上計画を 「1月はこれくらい、2月はこれくらい……」と、現状の延長線上で数字を並べて作ることが多いでしょう。この作り方では、守らなければいけない必達目標として、売上計画を設定してしまっているため、想定外の事態が起きた瞬間に機能しなくなります。

しかし、本当の経営計画とは、「意思決定の基準」なのです。 経営とは、毎日が選択の連続です。「この客と取引すべきか」「この設備を買うべきか」「この社員を昇進させるべきか」。計画があるということは、これらの無数の問いに対して、「それは我々が目指す場所に近づくための選択か?」という一貫したモノサシを持つということです。計画は「予定表」ではない

計画を立てると、自由な経営ができなくなると心配する社長がいます。しかし、事実は逆です。 計画がない経営者ほど、実は「周囲の状況」に縛られています。競合が安売りを始めたから、うちも下げる。大口の取引先から無理難題を言われたから、断れずに受ける。世間でSNSが流行っているから、なんとなく始めてみる。

これこそが不自由な状態です。自分の意志ではなく、外部環境という波に翻弄されているだけだからです。 計画を持つということは、「自分たちはこれを行い、これを行わない」という主導権(イニシアチブ)を握ることに他なりません。


中小企業の「戦略」とは、すなわち「捨てること」である

そして、「意思決定の基準」こそが戦略であり、戦略なくして、計画は作れません。特に、中小企業にこそ、戦略をもとにした計画が欠かせないものなのです。なぜ、中小企業にこそ、緻密な戦略が必要なのでしょうか。その答えは、資源(ヒト、モノ、カネ)の「希少性」にあります。

戦略とは「戦いを略す」こと

大企業は、たとえ一つの事業に失敗しても、他の事業でカバーできる体力があります。しかし、中小企業にとって一つの大きな失敗、あるいはリソースの分散は、そのまま存続の危機に直結します。

戦略(Strategy)の語源を遡れば、それは軍事用語に行き着きます。戦力に勝る敵に対して、どうやって勝機を見出すか。その本質は戦わない場所を決めること」にあります。

  • すべての顧客を相手にしない。
  • すべてのニーズに応えようとしない。
  • すべての地域でシェアを奪おうとしない。

「うちは何でもできます」は、戦略的に言えば「うちは何の特徴もありません」と同義です。 中小企業が勝てる唯一の方法は、「特定の土俵」を選び、そこに全リソースを一点集中させることです。計画を作るプロセスは、この「勝てる土俵」を特定し、それ以外の誘惑を「捨てる」覚悟を決める作業なのです。

「やらないことリスト」が組織を救う

戦略的な計画には、必ず「やらないこと」が明記されていなければなりません。 「利益率〇%以下の案件は受けない」「〇〇業界以外の新規開拓はやめる」「社長は現場のクレーム対応に出ない」。 これらを決めることで、初めて社員のエネルギーは収束します。これまであちこちに向かっていた10の力が、1つの方向に集中したとき、組織には爆発的な突破力が生まれます。


「10年後」から始めない。リアリティの限界を突破する技術

「戦略とは捨てることだ」という覚悟が決まったとき、次に突き当たる壁が「では、どこに向かって、何を基準に捨てればいいのか?」という問いです。ここで多くの経営者が、経営の教科書に書かれた「10年後のビジョンから描きなさい」という言葉に惑わされます。

しかし、現場を預かる社長にとって、10年後はあまりに遠く、リアリティを欠くものです。まずは、この「長期ビジョンの呪縛」を解くことから始めましょう。

なぜ「10年後」は社長の心を折るのか

想像してみてください。10年前の2016年、今のあなたの会社の状況を完璧に予測できていたでしょうか? AIの劇的な進化、働き方の劇変、パンデミック、そして不安定な国際情勢。これらを全て織り込んだ10年計画など、もはや「預言書」の類です。

リアリティのない目標は、社員の心に響かないどころか、掲げている社長自身もどこか「嘘をついている」ような感覚に陥ってしまいます。そして、その「微かな嘘」を、社員は敏感に察知します。「社長がまた遠い未来の夢物語を語っているな」と冷ややかに見られてしまえば、どれほど立派な戦略も空砲に終わります。

3年後という「魔法の期間」

私が中小企業の支援において最も重視するのは、「3年後」の解像度を極限まで高めることです。なぜ3年なのか。そこには明確な理由があります。

  • 1年後(短期):今の延長線上で予測できてしまう。今の「借金」や「人手不足」の延長でしかなく、ワクワク感が乏しい。
  • 5〜10年後(長期):外部環境が変わりすぎていて、想像が空想になりやすい。
  • 3年後(中期):今から仕込めば、今の延長線上の未来を「断絶」させ、全く違う景色に到達できる可能性がある。かつ、今いる社員の多くが「その場に一緒に立っている自分」をリアルにイメージできる限界の期間。

3年後をゴールに設定し、そこから「逆算(バックキャスティング)」を行う。これこそが、中小企業が「捨てるべきもの」を見極めるための、最強の思考法です。

逆算思考(バックキャスティング)が「捨てる勇気」を後押しする

通常、私たちは「現在」を起点に、「来月はどうしよう」「来期はどうしよう」と考えます(フォアキャスティング)。これでは、今の業務を維持したまま、新しいことを積み上げようとするため、現場は疲弊する一方です。

一方、逆算思考は、「3年後、年商〇億円、利益率〇%、この製品で市場シェアNo.1になり、社員が定時に笑顔で帰っている状態」という未来の地点に旗を立て、そこから今に向かって時間を遡ります。

この「未来からの視点」を持つと、不思議なことが起こります。 「3年後にあのステージに立っているためには、今のこの不採算事業を続けている余裕はないはずだ」 「3年後の理想の顧客層と付き合うためには、今のこの安請け合いの営業スタイルを、今日中に捨てなければならない」

逆算思考とは、単なるスケジュール作成ではありません。未来の理想像に照らして、現在の「不要な荷物」をあぶり出し、捨てるための断罪の思考法なのです。


ビジョンを「数字」から「物語(ナラティブ)」へ変換する

そして、逆算思考(バックキャスティング)で計画を立てていきます。逆算思考(バックキャスティング)をうまく行い、計画が立てられたら、次にぶつかる壁は、逆算して導き出した計画を、どうやって社員に伝えるかです。ここが最大の難所です。 「戦略として〇〇を捨て、3年後には利益を〇%にする!」 Excelで作成した表をそのまま全社集会で見せても、社員の心はピクリとも動きません。なぜなら、数字は「脳」には届いても、「心」には届かないからです。

社員は「数字」のためには、頑張れない

「売上を30%上げるぞ!」と言われて、「よし、明日からもっと頑張ろう!」と思う社員がどれほどいるでしょうか。むしろ、「また仕事が増えるのか」「どうせ社長が儲かるだけだ」という冷めた感情を抱かせるのが関の山です。

ビジョンを浸透させるには、数字という骨組みに、「物語(ストーリー)」という血肉を通わせる必要があります。 「捨てること」は、社員にとって一時的な痛みを伴うかもしれません。その痛みを乗り越えさせるのは、「なぜ我々はこれを選んだのか」という納得感のある物語です。

  • 主人公は誰か?:それは社長ではなく、社員一人ひとりであり、お客様です。
  • 敵は何か?:競合他社だけではありません。「業界の古い悪習」「お客様の悩み」「自社の甘え」「非効率な慣習」などです。
  • カタルシス(心の中に溜まった悲しみ、怖れ、怒りなどのネガティブな感情を解放し、精神的にスッキリする「浄化作用」のことはどこにあるか?:計画を達成し、今の無駄を捨て去ったとき、世界はどう良くなるのか。お客様からどんな感謝の手紙が届くのか。社員の給与や誇りはどう変わるのか。

社長の「個人的な体験」を晒す勇気

物語に説得力を持たせるのは、社長の「自己開示」です。 「私は昔、お客様にこう言われて悔しい思いをした。今の、この『何でも屋』のままでは、あの時のお客様を本当に救うことはできない。だから、私はこの得意分野以外を捨てる決断をしたんだ。3年後、一緒に本物のプロ集団になろう」

このように、社長自身の原体験や、なぜこの決断(捨てること)に至ったのかという「Why」を、自分の言葉で(借り物の言葉ではなく!)語る。この熱量が、計画に命を吹き込み、社員の当事者意識を呼び起こします。


部署の壁を溶かす「共通言語」としての計画

計画が「物語」として共有されると、組織内に劇的な変化が起こります。それが「縦割り組織の解消」です。

中小企業が成長する過程で、必ず「営業と製造の仲が悪い」「現場と管理部門が対立している」という問題が起きます。これは、各部署が「自分たちの部分的な正解」を追求しているために起こる現象です。

共通のビジョンと、そこから逆算された一貫した計画があれば、それが部署間の「共通言語」になります。 「今、ここで議論すべきは、どちらの部署が正しいかではない。3年後のあの景色に辿り着くために、今、我々が共に『捨てるべき意地』は何だろうか?」 という視点が生まれます。

計画とは、組織のバラバラなベクトルを一本に束ねるための「重力」のような存在なのです。


実践 逆算思考でビジョンを描くワークシート

ここで、一つワークを提案します。頭の中だけで考えず、ぜひ紙に書き出してみてください。

ステップ1:3年後の「最高の1日」を記述する

日付は3年後の今日。朝起きてから寝るまで、会社でどんなことが起きているか。

  • 事務所の雰囲気は?(活気がある? 集中している?)
  • お客様からどんな感謝の連絡が入っているか?
  • 銀行の担当者はどんな顔で訪ねてくるか?
  • あなたは何時まで仕事をし、夜は誰と、どんな気分で過ごしているか?

ステップ2:その時の「財務状態」を書き込む

  • 売上高、営業利益率、自己資本比率。
  • そして何より、通帳に残っている「自由なキャッシュ」の額。
  • 社員の平均年収と、離職率。

ステップ3:現在の「ギャップ」を直視し、断罪する

  • 理想の3年後から見て、今の会社で「最も足を引っ張っている要素」は何か?
  • その要素を捨てるのに、何が障害になっているか?(プライド、人間関係、過去の成功体験など)

ステップ4:逆算の「マイルストーン」を置く

  • 2年後までに、どの事業を整理し、どの技術を完成させるか。
  • 1年後までに、どの市場へリソースを全集中させるか。
  • そして、「明日から」やめること(捨てた空白に、未来を流し込む)。

計画は「生き物」である。修正を恐れるな

最後に、非常に重要なことをお伝えします。 計画を立てると、その通りに進まないことにストレスを感じる経営者が多いのですが、計画は外れて当たり前です。

軍事の格言に「いかなる作戦計画も、敵と接触した瞬間に無効となる」という言葉があります。ビジネスも同じです。市場という「変化」と接触すれば、想定外の事態は必ず起きます。

では、なぜ計画を立てるのか。 それは、「ズレに気づくため」です。 計画があるからこそ、「今、これくらい理想から遅れている」「前提条件がこう変わった」ということが客観的に把握できます。ズレが分かれば、微修正が可能です。計画がない経営者は、自分が道に迷っていること自体に気づかず、取り返しのつかない場所まで流されてしまいます。

「計画を立てること」と「計画に固執すること」は全く別物です。 目的地(ビジョン)は変えず、ルート(計画)は状況に応じて大胆に変える。この柔軟さこそが、中小企業の最大の武器になります。


社長、あなたの人生の「主導権」を取り戻そう

「どんぶり経営」からの脱却は、単なる管理手法の変更ではありません。それは、経営者であるあなた自身が、自分の人生と会社の運命に対して、真の「主導権」を取り戻す神聖な儀式です。

「縛られる」ことを恐れないでください。 「選ぶ」こと、そして「捨てる」ことを恐れないでください。社長が勇気を持って「我々はここへ行く。そのために、これ以外の道は捨て去る」と宣言したとき、社員の目は変わり、組織の歯車が回り始めます。

次回の連載からは、この「想い」と「物語」を、誰が見ても納得せざるを得ない強固な数字へと落とし込む手法、「中期3ヵ年事業計画の具体的策定ステップ」に入ります。 いよいよ、あなたのビジョンに「根拠」という翼を授ける作業です。

共に、霧の先にある輝かしい未来への航海図を描き始めましょう。

もし、3年後の理想の姿を達成するために、たった一つの『魔法のボタン』があるとしたら、それは何を解決するボタンですか? そのボタンを、今日から自分の手で作り始めることはできませんか?

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