なぜこの記事についてまとめるのか
この記事は、2024年6月26日に公表された日本企業の企業価値向上を目的とした「持続的な企業価値向上に関する懇談会(座長としての中間報告)」をまとめたものです。
日本企業の競争力強化は喫緊の課題であり、そのために企業価値の向上が不可欠です。 そこで、この記事では、企業価値向上に関する課題認識と今後の進め方について議論された内容を要約し、今後の日本企業のあり方について考察します。
概要
この記事で注目すべきは、「企業価値」に対する企業と投資家の認識のずれについて言及されている点です。 企業価値向上は、企業経営者だけでなく、経営陣、取締役会、そして投資家も適切に連携することで初めて達成されるものです。
しかし、企業価値をどのように捉え、どのように向上させるかについては、企業と投資家の間で認識のずれが存在することが指摘されています。 この認識のずれを解消し、共通の目標に向かって協力していくことが、日本企業の企業価値向上には不可欠と言えるでしょう。
本懇談会の目的
この10年で日本企業の業績は回復傾向にありますが、依然として欧米企業に比べて企業価値は低いままです。 企業価値向上のための取り組みは一定の成果を上げましたが、さらなる改革が必要です。 そこで、本懇談会では、これまでの進捗状況を踏まえ、企業価値向上に向けた課題と今後の対応策について議論を行いました。
- 企業価値に対する企業と投資家の認識のずれ: 企業価値をどのように捉え、どのように向上させるかについて、企業と投資家の間で認識のずれが存在しています。このずれを解消し、共通の目標に向かって協力していくことが重要です。
- 長期視点の経営の重要性: 短期的な利益追求だけでなく、長期的な視点での経営が企業価値向上には不可欠です。
- 経営チーム体制の強化の必要性: グローバル化やESGなど、変化の激しい経営環境に対応するためには、経営チーム体制の強化が求められます。
- 取締役会の実効性の強化: 取締役会が適切なリスクテイクを後押しし、経営陣を効果的に監督・助言できるような体制が必要です。
- 資本市場の活性化: 企業と投資家のエンゲージメントを促進し、資本市場の活性化を図る必要があります。
これらの議論を通じて、日本企業が企業価値を向上させ、国際競争力を強化するための新たな提言をまとめることが本懇談会の最終的な目標です。
認識の整理
企業価値とは
企業価値とは、将来にわたって企業が生み出すキャッシュフローの割引現在価値と捉える考え方と、株主を含むすべてのステークホルダーの価値の総和と捉える考え方があります。
- 将来キャッシュフローの割引現在価値
主に投資家サイドが重視する考え方です。企業が将来にわたってどれだけのキャッシュフローを生み出すことができるかによって、企業価値が決まるとされています。 上場企業は、広く資本市場から資金を集めているため、株主価値の創出により注力すべきという意見があります。
- 株主を含むすべてのステークホルダーの価値の総和
企業サイドに見られる考え方です。株主だけでなく、従業員や顧客など、企業に関わるすべてのステークホルダーの価値を高めることが、結果的に企業価値の向上につながるとされています。 具体的には、従業員の能力向上や顧客満足度の向上などが、将来のキャッシュフローの増大につながると考えられています。
株価に対する捉え方の違い
株価は、企業価値の一部である株主価値を示す指標であり、投資家にとっては投資判断の重要な要素です。 しかし、企業は株価を重要な指標の一つとして認識しつつも、最優先事項とは考えていない場合があります。 これは、株価がファンダメンタルズ以外の要因でも変動するためです。
株価向上のメリット
株価向上のメリットとしては、以下のようなものが挙げられます。
- 成長投資に必要な資金調達を容易にする
- 自社株式を対価としたM&Aの効果・効率の向上
- 従業員のモチベーション向上や優秀な人材の確保
- 国民の資産形成に貢献し、投資や消費を促進する
まとめ
企業価値を高めることは、企業の持続的な成長、投資家への利益還元、従業員のモチベーション向上、そして国民経済の活性化につながる重要な要素です。 企業価値に対する企業と投資家の認識のずれを解消し、共通の目標に向かって協力していくことが求められます
課題の整理
「持続的な企業価値向上に関する懇談会」では、日本企業の企業価値向上を阻害している要因として、以下の5つの課題を整理しています。
- 企業価値に対する企業と投資家の認識のずれ
- 企業価値をどのように捉え、どのように向上させるかについて、企業と投資家の間で認識のずれが存在するため、その解消を目指します。
- 具体的には、企業価値を高める意義について再確認し、企業と投資家が共通の認識を持つための議論を行います。
- 企業は、株主だけでなく従業員や顧客など、すべてのステークホルダーの価値の総和として捉える傾向があるのに対し、投資家は将来キャッシュフローの割引現在価値として捉え、株主価値を重視する傾向があるという認識のずれを解消するための議論を行います。
- 長期視点の経営の重要性
- 短期的な利益追求だけでなく、長期的な視点での経営が企業価値向上には不可欠です。 企業が置かれているポジションによって異なる優先課題や対応策を明確にしつつ、社会のサステナビリティ(持続可能性)も踏まえた長期視点の経営について議論を深めます。
- また、企業の情報開示のあり方や中期経営計画の策定・活用方法についても検討します。 具体的には、社会のサステナビリティを考慮した長期視点の経営が、将来の成長期待(PER)の向上につながるのか、
- また、その際に企業情報開示をどのように行うべきかといった点について議論を深めます。 加えて、中期経営計画の策定方法や、投資家への説明・活用方法などについても検討します。
- 経営チーム体制の強化の必要性
- 変化の激しい経営環境に対応するため、CFO(最高財務責任者)やCHRO(最高人事責任者)といった役割の強化、そして日本全体として経営者育成の取り組みを加速させる必要性について議論します。
- 具体的には、CFOやCHROの役割を明確化し、それぞれの機能を強化するための具体的な方策について議論します。
- また、経営者育成のプログラム開発や、企業間での人材交流促進など、経営者人材の育成に向けた取り組みについても検討します。
- 取締役会の実効性の強化
- 取締役会の役割を明確化し、経営陣の選解任機能を強化するための具体的な方策を検討します。
- また、社外取締役の選任方法の見直しや、投資家との対話促進などを通じ、社外取締役の実効性を高めるための議論を行います。
- 具体的には、取締役会が経営陣を適切に監督・助言し、企業価値向上に貢献できるような体制を構築するための議論を行います。
- 社外取締役の選任プロセスや、社外取締役の役割・責任、投資家との対話・エンゲージメントのあり方についても検討します。
- 資本市場の活性化
- アセットマネージャーやアセットオーナーの専門能力を強化し、投資家と企業の建設的な対話を促す必要がある。
- 政策保有株式の削減や情報開示の質の向上など、資本市場の活性化に向けた取り組みが必要である。
- 企業間の競争を促すため、株価指数の運用方法を見直す必要がある。
- 具体的には、投資家の専門性向上のための研修プログラムの開発や、情報開示のガイドライン策定、政策保有株式に関する規制の見直しなど、資本市場の活性化に向けた具体的な施策について議論します。
これらの課題は、相互に関連しており、総合的な取り組みが必要です。 例えば、長期視点の経営を推進するためには、経営チーム体制の強化や取締役会の実効性向上が必要不可欠です。 また、資本市場の活性化は、企業価値に対する認識のずれを解消し、長期視点の経営を促進する上で重要な役割を果たします。
投資家視点の企業分類
本資料では、企業をPBR(株価純資産倍率)とROE(自己資本利益率)を軸に3つのグループに分類してることも特徴的です。
- Value:PBR1倍未満かつROE7%未満の企業群
- 投資家は、事業の撤退や資産売却などの構造改革を求める
- Dividend Growth/Income(Dividend):PBR0.8倍以上2倍未満の企業群
- ROEが7%以上の場合はIncome(Dividend)
- 投資家は、配当や自社株買いなどの株主還元を重視する
- ROEが10%以上の場合はDividend Growth
- ROEが7%以上の場合はIncome(Dividend)
- Growth/Aggressive Growth:PBR2倍以上の企業群
- ROEが10%以上の場合はGrowth
- 投資家は、さらなる成長を期待する
- ROEが10%未満の場合はAggressive Growth
- ROEが10%以上の場合はGrowth
各企業群の課題と対応策
- Value
- 課題: 収益性が低く、資本効率が悪い
- 対応策: 低採算事業の売却や未稼働資産・非事業用資産の整理などによるROEの改善
- Dividend Growth/Income(Dividend)
- 課題: 更なる企業価値向上に向けた将来期待の醸成
- 対応策: 自社のコア・コンピタンスを軸とした長期戦略と実行戦略を策定し、投資家との対話を重ねる
- Growth/Aggressive Growth
- 課題: さらなる成長を継続させること
- 対応策: 経営者が自社のコア・コンピタンスを軸に「目指す姿」の実現のための長期戦略及び実行戦略を一気通貫で描き、それらを評価する成果指標の設定やそれらを支えるコーポレートガバナンスの構築を含めて、どのようにして企業を成長させていくのかについて、投資家に説明し、対話していくこと
考えられるM&A等に対する影響
M&Aに対する影響
資料で言及されている内容に加え、以下の影響が考えられます。
- M&A市場の活性化:
- 政策保有株式の縮減や、自社株を対価としたM&Aの検討など、M&Aを促進する政策や規制緩和の動きが紹介されています。
- これらの動きは、M&A市場の活性化を後押しし、M&A件数や規模の増加につながる可能性があります。
- M&Aの多様化:
- PEファンドの役割に期待する記述があります。
- PEファンドは、事業再生や事業ポートフォリオの最適化など、多様な目的でM&Aを活用しています。
- PEファンドの活動が活発化することで、M&Aの目的や手法が多様化し、M&A市場全体の活性化につながる可能性があります。
- M&Aに対する社会的受容性の向上:
- 株価向上による国民の資産形成への貢献という観点が述べられています。
- M&Aが企業価値向上だけでなく、社会全体の利益にもつながることが認識されれば、M&Aに対する社会的受容性が高まり、M&Aがより活発に行われるようになる可能性があります。
M&Aに取り組む企業に対する影響
資料で言及されている内容に加え、以下の影響が考えられます。
- 戦略的なM&Aの重要性:
- 日本企業は売上高や利益額の確保を目的としたM&Aを行う傾向があり、戦略的なM&Aが不足していることが指摘されています。
- 今後は、長期的な成長戦略に基づいたM&Aが求められます。
- そのためには、M&Aの目的を明確化し、M&A後の統合(PMI)を適切に行うことが重要です。
- 株主との対話の重要性:
- M&Aは、株主価値に大きな影響を与えるため、M&Aの目的や戦略について株主と積極的に対話することが重要です。
- 特に、自社株式を対価とするM&Aを行う場合には、株主の理解と支持を得ることが不可欠です。
- 人材の重要性:
- M&Aを成功させるためには、M&Aに関する専門知識や経験を持つ人材の確保・育成が重要です。
- M&A後の統合を円滑に進めるためには、PMIに関する専門知識を持つ人材も必要です。
- M&Aを戦略的に活用できる人材の育成が、企業の競争力強化につながります。
- ESGへの配慮:
- M&Aにおいては、ESG(環境・社会・ガバナンス)への配慮も重要です。
- ESGに配慮したM&Aは、企業価値向上だけでなく、持続可能な社会の実現にも貢献します。
まとめ
企業価値向上は、日本企業の競争力強化のために不可欠です。 そのためには、企業と投資家が共通の認識を持ち、協力していくことが重要です。 今後も、企業価値向上に向けた議論を深め、具体的な行動につなげていくことが期待されます。