近年、株主アクティビズムの活発化に伴い、日本企業においても戦略検討委員会(Strategic Review Committee:SRC)の設置が増加しています。SRCは、企業の中長期的な戦略の方向性や具体的な施策について、外部の専門家や独立社外取締役などの意見を踏まえつつ、客観的かつ多角的な視点から検討することを目的としています。
Strategic Review(ストラテジック・レビュー)とは何かについてはこの記事でも同様に解説しておりますので、ご参照ください。
本記事では、「戦略検討委員会(SRC: Strategic Review Committee)」と呼ばれる組織体がどういうものなのか、どういう役割を持つのか、その意義や事例を含めて解説していきます。
国内事例
- 東芝: 2021年11月に、物言う株主からの圧力を受け、戦略検討委員会を設置。会社分割を含む抜本的な事業改革を検討することを発表しました。
当社取締役会の戦略委員会による、 スピンオフ計画に至るプロセスについての株主の皆様へのアップデート(和訳) | ニュース | 東芝www.global.toshiba
SRCは2021年の定時株主総会直後の6月25日付で取締役会の委員会として正式に発足し、取締役8名の内5名(いずれも独立社外取締役)が参加し、独立した財務アドバイザー(UBS証券株式会社)及び法務アドバイザー(長島・大野・常松法律事務所)のサポートを得てその活動を開始しました。東芝が現在直面している状況には、ポール ブロフ氏が有する経験がよく当てはまるとの理由から、指名委員会から同氏に対しSRCの議長を務めるよう要請がなされ、他に財務や事業に関するバックグラウンドを有する4名の取締役も加わりました。
SRCはその発足以来、「企業価値を向上させるべく、過去と決別し、東芝が取り得る様々な戦略的オプションを検討する」というミッションを明確に持っていました。このアプローチは、客観的かつ未来志向であり、また特定の解決策ありきではないことを意味しました。
- サッポロホールディングス: 2023年9月に、中長期的な企業価値向上のための戦略的選択肢の評価を開始するため、戦略検討委員会を設置しました。
- 富士ソフト: SRCとは異なりますが、富士ソフトは「企業価値向上委員会」という委員会を設けています。
定義と機能
戦略検討委員会(SRC)は、企業の長期的な成長戦略や事業ポートフォリオ、資本政策など、企業価値に大きな影響を与える重要な経営課題について、客観的かつ専門的な視点から検討・提言を行うことを目的とした組織です。
SRCは、取締役会の下に設置されることが一般的で、その構成メンバーは、社外取締役を中心に、各分野の専門家や学識経験者など、多様なバックグラウンドを持つ人材で構成されます。
主な機能
- 戦略策定支援:
- 企業の長期的なビジョンや目標を踏まえ、中長期的な成長戦略の策定を支援します。
- 市場環境や競合状況の変化を分析し、事業ポートフォリオの見直しや新規事業の検討など、戦略的な選択肢を提示します。
- M&Aや資本政策など、企業価値に大きな影響を与える意思決定について、専門的な視点から助言を行います。
- 経営監視・監督:
- 経営陣が策定した戦略や計画の妥当性を評価し、必要に応じて修正を促します。
- 経営陣の意思決定プロセスを監視し、透明性と客観性を確保します。
- リスク管理体制の構築・運用状況を評価し、改善策を提言します。
- 情報収集・分析:
- 社内外の情報を収集・分析し、経営陣に客観的な情報を提供します。
- 外部の専門家やコンサルタントの意見を聴取し、経営判断の参考とします。
- 業界動向や競合他社の状況を把握し、自社の競争優位性を維持・強化するための戦略を検討します。
- 株主・投資家とのコミュニケーション:
- SRCの活動内容や提言内容を、株主や投資家に対して適切に開示し、理解と支持を得るためのコミュニケーションを図ります。
- 株主や投資家からの意見や要望を収集し、経営戦略に反映させるための検討を行います。
設置形態
SRCの設置形態は、企業の規模や置かれている状況によって異なりますが、主に以下の2つの形態があります。
- 常設型:
- 取締役会の下に常設の委員会として設置され、定期的に会議を開催し、継続的に活動を行います。
- 企業の長期的な成長戦略や事業ポートフォリオの見直しなど、中長期的な課題に対応するために設置されることが多いです。
- 臨時型:
- 特定の課題が発生した場合に、一時的に設置される委員会です。
- M&Aや事業再編など、緊急性が高い課題に対応するために設置されることが多いです。
設置増加の要因分析
近年、日本企業における戦略検討委員会(SRC)の設置が顕著に増加している背景には、複数の複合的な要因が作用しています。
- 株主アクティビズムの高度化
従来の日本企業の株主構成は、安定株主比率が高く、経営への介入は限定的でした。しかし、近年は、物言う株主(アクティビスト)の存在感が増し、投資先企業に対して、資本効率の向上や事業ポートフォリオの見直しなどを積極的に要求するケースが散見されます。企業は、こうした要求に戦略的に対応し、建設的な対話を通じて企業価値向上を図るため、SRCを設置する傾向が強まっています。 - グローバル競争の激化と事業環境の不確実性
グローバル化の進展に伴い、日本企業は海外企業との熾烈な競争に直面しています。また、地政学リスクやパンデミックなど、事業環境を取り巻く不確実性はかつてないほど高まっています。このような状況下において、企業は、外部の専門家や独立社外取締役の知見を積極的に活用し、機動的かつ柔軟な戦略策定・実行体制を構築する必要性に迫られています。SRCは、こうしたニーズに応えるための有効なガバナンス機構として機能します。 - コーポレートガバナンス改革の深化
2015年のコーポレートガバナンス・コード導入以降、日本企業は、社外取締役の選任や経営の透明性向上など、コーポレートガバナンス改革を段階的に進めてきました。SRCの設置は、この改革の流れを更に推し進め、経営の客観性・透明性を担保する上で重要な役割を果たします。 - デジタル変革の加速とESG経営の浸透
デジタル技術の進化は、企業の事業モデルやバリューチェーンに抜本的な変革を迫っています。また、ESG(環境・社会・ガバナンス)経営への関心が高まる中、企業は、持続可能な社会の実現に向けて、自社の事業活動が与える影響を考慮した経営戦略を策定・実行する必要に迫られています。SRCは、デジタル変革やESG経営に関する専門知識を有する人材を登用することで、これらの課題に対する戦略的な対応を支援します。
設置意義
戦略検討委員会(SRC)は、企業が中長期的な成長戦略や事業ポートフォリオの見直しなど、重要な経営課題について客観的かつ専門的な視点から検討するための組織です。SRCを設置する主な意義は以下の通りです。
1. 株主価値の向上
- 投資家との建設的な対話: SRCは、アクティビストを含む投資家との建設的な対話の場を提供し、企業の戦略や方向性について理解を深めてもらうことで、株主からの信頼を得ることにつながります。
- 中長期的な企業価値向上: SRCは、外部の専門家や独立社外取締役の知見を活かし、客観的な視点から企業の戦略を評価・提言することで、中長期的な企業価値向上に貢献します。
2. 経営の透明性・客観性の向上
- 客観的な意思決定: SRCは、経営陣の視点だけでなく、外部の専門家や独立社外取締役の意見を踏まえることで、より客観的で透明性の高い意思決定を可能にします。
- ガバナンス強化: SRCの設置は、コーポレートガバナンスの強化につながり、経営の透明性や説明責任を高める効果が期待できます。
3. 経営資源の最適化
- 事業ポートフォリオの見直し: SRCは、市場環境や競争状況の変化を踏まえ、既存事業の見直しや新規事業の検討など、経営資源の最適化を図るための提言を行います。
- M&Aや資本政策の検討: SRCは、M&Aや資本政策など、企業の成長戦略に関する重要な意思決定において、専門的な視点から助言を行います。
4. 危機管理・対応
- 危機発生時の対応: SRCは、不祥事や経営危機などの発生時に、迅速かつ適切な対応策を検討・提言する役割を担います。
- レピュテーションリスクの低減: SRCは、企業の評判リスクを評価し、その低減に向けた対策を検討することで、企業の持続的な成長に貢献します。
5. 組織変革の推進
- 変革への意識醸成: SRCは、企業の変革に対する意識を高め、組織全体の変革を推進する役割を担います。
- 新たな視点の導入: SRCは、外部の専門家や独立社外取締役の知見を活かし、企業に新たな視点やアイデアを導入することで、イノベーションを促進します。
SRCを設置する意義は、企業の置かれている状況や課題によって異なりますが、上記のような効果が期待できます。ただし、SRCを設置するだけでは十分ではなく、その機能を最大限に発揮するためには、適切な人材の選定や運営体制の整備など、様々な工夫が必要です。
設置の留意点
戦略検討委員会(SRC)は、企業の持続的な成長や企業価値向上に資する重要な組織ですが、その効果を最大限に引き出すためには、設置・運営に際していくつかの留意点があります。
1. 明確な設置目的と役割の定義
SRCを設置する目的と役割を明確に定義することが重要です。目的が曖昧なまま設置すると、期待される成果が得られないばかりか、経営陣との摩擦や混乱を招く可能性があります。設置目的としては、事業ポートフォリオの見直し、M&A戦略の検討、危機管理対応など、具体的な課題を設定することが望ましいです。
2.適切なメンバー構成
SRCのメンバーは、多様な専門性と経験を有する人材で構成することが重要です。社外取締役だけでなく、各分野の専門家や学識経験者などを招聘することで、多角的な視点からの議論が可能になります。また、メンバー間の独立性と客観性を確保することも重要です。
3.独立性と権限の確保
SRCは、経営陣から独立した立場で、自由に意見を表明し、提言できる権限を持つ必要があります。そのため、SRCの議長は社外取締役が務めることが一般的です。また、SRCの活動に必要な情報へのアクセス権や、専門家への相談権なども保障されるべきです。
4.透明性と情報開示
SRCの活動内容や議論の経過、提言内容などは、適切な範囲で開示することが重要です。透明性を確保することで、株主や投資家からの理解と信頼を得ることができます。ただし、企業秘密や競争上の情報など、開示が不適切な情報については、適切な配慮が必要です。
5.継続的な評価と改善
SRCの活動は、定期的に評価し、必要に応じて改善していくことが重要です。評価の際には、SRCの活動が企業の戦略策定や意思決定にどのように貢献しているか、具体的な成果を検証することが求められます。また、外部の専門機関による評価も有効な手段です。
6.経営陣との連携
SRCは、経営陣と協力して企業の課題解決に取り組む必要があります。SRCの提言は、経営陣の判断材料として活用されるべきであり、一方的な押し付けにならないように注意が必要です。また、SRCの活動を通じて、経営陣の戦略的思考や意思決定能力の向上にも貢献することが期待されます。
7.費用対効果の考慮
SRCの設置・運営には、一定の費用が発生します。そのため、SRCの活動が企業にもたらすメリットと費用対効果を十分に検討する必要があります。費用対効果を高めるためには、SRCの活動範囲を絞り込んだり、外部専門家の活用を効率化したりするなどの工夫が求められます。