M&Aの隆盛と共に、これまで各社の取り組みも増えていたCVC活動について概要をまとめます。
CVC活動とは
CVCとは「Corporate Venture Capital」の略で、事業会社が自己資金でファンドを組成し、主に未上場の新興企業(ベンチャー企業)に出資や支援を行う活動を指します。通常のベンチャーキャピタル(VC)とは異なり、CVCは自社の事業分野とシナジーを生む可能性のある企業に対して投資を行うことが特徴です。
目的
- 戦略的リターン: 自社の既存事業とのシナジー効果を得ることや、新規事業に役立つ技術の獲得を目指します。これにより、企業の競争力を高め、事業の成長を促進します。
- 財務リターン: 投資した資金に対する金融的な収益を得ることです。スタートアップが成長し、成功することで、株式の評価上昇分や利益分配を受けることが期待されます。
投資の特徴
- シナジー効果の重視: CVCは、純粋な投資リターンよりも、自社の事業とのシナジー効果を重視します。これにより、投資先企業との協業を通じて新しい技術やビジネスモデルを取り入れ、自社の競争力を強化します。
- 自己資金での投資: CVCファンドは事業会社の自己資金で組成され、運営は社内の投資部門や子会社、もしくは外部のVCに任されることが多いです。
投資の運用方法
- 直接投資: 事業会社が直接スタートアップに投資を行います。
- LP出資: 事業会社が外部のVCファンドにリミテッド・パートナー(LP)として出資し、間接的にスタートアップに投資します。
- 共同運用: 事業会社が独立系VCと共同でファンドを運用するケースもあります。
CVC活動が増えた背景
CVC活動が増えた背景には、以下の要因が挙げられます:
- 既存事業の成熟:多くの大手企業が既存事業の成長限界に直面し、新たな成長機会を求めてCVCを設立しました。
- オープンイノベーションの重要性:大企業がスタートアップとの協業を通じてイノベーションを加速させる必要性が高まったためです。
- 政府の支援:政府もCVC活動を支援し、イノベーションの促進を図っています。
各社の事例
旭化成
旭化成はシリコンバレーで活動する日系CVCの一例で、具体的な成果にこだわり、しぶとく継続しています。これまでに2社のスタートアップを買収し、フィナンシャルリターンを確保しています。KPIとしては、NDA(秘密保持契約)を結んだ件数、デューデリジェンスを行った件数、投資した件数、提携買収の件数など、数値化できるものを設定しています。
パーソルグループ
パーソルグループのCVCであるパーソルベンチャーパートナーズは、64社に投資し、約25件はEXIT済み、そのうち9件はパーソルグループが買収しています。
ロッテベンチャーズ・ジャパン
ロッテベンチャーズ・ジャパンは、2022年5月に75億円のファンドを設立し、既に国内で投資を始めています。
ヤフー(Z Venture Capital)
ヤフーのCVC部門であるZ Venture Capital(旧YJキャピタル)は、2012年に設立されました。これまでに複数のファンドを立ち上げ、積極的にスタートアップ投資を行っています。
- 投資額と回収実績: YJ1号ファンドでは、投資額24億円に対して168億円を回収し、7倍のリターンを達成しました。
- 投資先のIPO: 投資先企業の多くがIPOを果たしており、成功事例としてはPinterest、Lyft、Upstart、Careem、Carousell、GoToなどがあります。
楽天グループ
楽天グループのCVC活動は、世界中の革新的なスタートアップへの投資と支援を行っています。これまでに70社以上のスタートアップに投資しています。
- 投資先の成功事例: 投資先にはPinterest、Lyft、Upstart、Careem、Carousell、GoToなどが含まれ、これらの企業は良好な投資実績を上げています。
スズキ
- ファンド規模: 1億ドル(約140億円)
- 活動内容: スズキは自動車関連技術のスタートアップに対する投資を行っています。
ダイキン工業
- ファンド規模: 110億円
- 活動内容: ダイキン工業はエアコン技術や省エネ技術に関連するスタートアップに投資し、脱炭素社会の実現を目指しています。
中外製薬
- ファンド規模: 2億ドル(約288億円)
- 活動内容: 中外製薬は創薬技術やデジタル技術に関連するスタートアップに投資し、オープンイノベーションを推進しています。
京セラ
- ファンド規模: 60億円
- 活動内容: 京セラは半導体やモビリティー、核融合技術に関連するスタートアップに投資しています。
エムスリー
- ファンド名: 1人1円ファンド
- 活動内容: エムスリーは医療・ヘルスケア領域のスタートアップに投資し、医療コストの削減と健康寿命の延伸を目指しています。
ホンダ
- 活動内容: ホンダは「Honda Xcelerator」を通じてスタートアップとの協業を推進し、CVCを通じて新技術の導入や企業変革を目指しています。
積水化学工業
- 活動内容: 積水化学工業は「戦略領域マップ」に基づき、スタートアップとの共創を通じて新事業の創出を目指しています。
メリット
1. 新技術やアイデアの獲得
CVCを通じて、企業はスタートアップの持つ新しい技術や革新的なアイデアにアクセスできます。これにより、自社の技術革新や新規事業の創出が促進されます。
2. オープンイノベーションの促進
CVCはオープンイノベーションを推進する手段として有効です。外部のスタートアップと協力することで、自社内では得られない知識やノウハウを取り入れることができます。
3. 新規事業立ち上げのリスク軽減
新規事業を自社で立ち上げる場合に比べ、CVCを通じた投資はリスクが低く、コストも抑えられます。スタートアップに投資することで、失敗した場合の損失を最小限に抑えることができます。
4. 企業の信用力と認知度の向上
CVCから投資を受けたスタートアップは、投資元企業の信用力を借りることで、自社の信用力や認知度を向上させることができます。これにより、他の投資家からの追加投資や市場での競争力が向上します。
5. 財務リターンの獲得
CVCは戦略的リターンだけでなく、財務リターンも追求することができます。成功したスタートアップへの投資は、将来的に大きなリターンをもたらす可能性があります。
デメリット
1. 成果が出るまでに時間がかかる
CVCによる投資は長期的な視点で行われるため、成果が出るまでに数年かかることが一般的です。短期間でのリターンを期待することは難しいです。
2. 投資の失敗リスク
スタートアップへの投資はリスクが高く、成功する保証はありません。投資先が成長しない場合、投資元企業は損失を被る可能性があります。
3. ノウハウ不足
CVC活動には専門的な知識と経験が必要ですが、企業内にそのノウハウが不足している場合、投資判断や運用が難しくなることがあります。
課題
1. 経営層のコミットメント不足
多くのCVCが経営層のコミットメント不足に悩んでいます。経営層がCVCの必要性や目的を理解していないと、リソースが得られず、不況時に活動が継続できないという問題があります.
2. 投資先との協業の難しさ
大企業とスタートアップのスピード感の違いや、投資先との協業が進まないことが課題として挙げられています。特に、PoC(概念実証)を進める際に、大企業側が費用負担を渋るケースが多いです.
3. 投資リターンの不確実性
CVCの多くは事業シナジーを目的としているため、キャピタルゲインを最優先としていないことが多く、投資リターンの確保が難しい場合があります.
4. 人材とスキルの不足
ベンチャー投資に必要なノウハウやスキルを持つ人材が社内にいないことが多く、外部からのプロ人材の採用が必要となりますが、報酬面での競争力が不足していることが課題です.
5. シリコンバレーでの苦戦
シリコンバレーで活動する日系CVCは、現地のエコシステムにうまく適応できず、成果を上げるのに苦労しています。現地のVCコミュニティーでの認知度や信頼性の確保が課題です
失敗事例
1. 事業部との連携の失敗
CVC活動において、事業部との連携がうまくいかないことが失敗の一因となることがあります。事業部は既存事業の効率化を重視するため、スタートアップとの協業に対して消極的な場合があります。例えば、スタートアップのPoC(実証実験)を依頼されても、事業部がそれを無視することがあり、結果としてシナジー効果が得られないケースがあります。
2. 投資先のフォロー不足
CVC活動では、投資先のスタートアップに対するフォローが不足することが失敗の原因となることがあります。投資後の支援が不十分であると、スタートアップが期待通りに成長せず、投資が無駄になるリスクが高まります。
3. スタートアップのビジネス文化の理解不足
CVC担当者がスタートアップのビジネス文化を理解せず、適切なサポートができないことも失敗の要因となります。スタートアップの特有の文化や運営方法を理解しないまま投資を行うと、コミュニケーションの齟齬や期待の不一致が生じ、協業がうまくいかないことがあります。
4. 投資基準の曖昧さ
CVC活動において、投資基準が曖昧であると、適切な投資先を選定できず、失敗するリスクが高まります。具体的な投資基準や目的を明確にしないまま投資を行うと、戦略的リターンや財務リターンが得られないことがあります。
5. 長期的な視点の欠如
CVC活動は長期的な視点で行う必要がありますが、短期的な成果を求めすぎると失敗するリスクが高まります。スタートアップの成長には時間がかかるため、短期的なリターンを期待しすぎると、投資が失敗に終わることがあります。
具体的な失敗事例
- NTTドコモ: NTTドコモは、CVC活動において初期には自前主義でサービスを提供していましたが、市場のスピードについていけず、CVCに取り組むこととなりました。しかし、初期の段階ではシナジーを生むベンチャーの発掘が難しく、投資先の選定に苦労しました。
- ソニー: ソニーは、CVC活動において外部の専門家の支援を受けずに全て社内の人材で運営していましたが、初期には投資先のフォローが不足し、期待通りの成果が得られないことがありました。
情報収集内容
1. シナジー効果の有無
CVCの主な投資基準として、投資先事業とのシナジー効果があるかどうかが重要です。具体的には、投資先の技術やサービスが自社の既存事業を補完・強化できるか、または新規事業の創出に寄与するかを評価します。
2. 経営陣の質
投資先企業の経営陣の質も重要な評価ポイントです。経営陣のビジョン、リーダーシップ、実行力、過去の実績などを詳細に調査します。
3. ビジネスモデルの健全性
投資先のビジネスモデルが持続可能であり、収益性が高いかどうかを評価します。市場のニーズに合致しているか、競争優位性があるか、スケーラビリティがあるかなどを確認します。
4. 市場規模と成長性
投資先がターゲットとする市場の規模や成長性も重要な情報です。市場が拡大しているか、競争が激化していないか、将来的な成長ポテンシャルがあるかを調査します。
5. 財務状況
投資先企業の財務状況を詳細に分析します。収益性、キャッシュフロー、負債比率、資金調達の履歴などを確認し、財務的な健全性を評価します。
6. 知的財産(IP)
投資先が保有する知的財産(特許、商標、著作権など)の状況を確認します。これにより、技術的な優位性や競争力を評価します。
7. リスク評価
投資先のリスク要因を評価します。市場リスク、技術リスク、規制リスク、経営リスクなどを詳細に分析し、リスク管理の体制が整っているかを確認します。
8. デューデリジェンス
詳細なデューデリジェンスを実施し、投資先の実態を把握します。法務、財務、技術、経営など多方面からの調査を行い、投資判断の材料とします。
CVC活動における直近のトレンド
CVC活動における直近のトレンドは、投資の多様化、オープンイノベーションの推進、投資先の早期発掘とシナジー効果の重視、投資戦略の多様化、グローバル展開とネットワーキング、財務リターンと戦略リターンのバランス、政府の支援と規制緩和などが挙げられます。これらのトレンドを踏まえ、企業はCVC活動を通じて新技術の獲得や事業成長を目指しています。
1. 投資の多様化とベンチャーデットの活用
近年、CVC活動ではエクイティ投資だけでなく、ベンチャーデット(新株予約権付きローンなど)を活用する動きが見られます。これにより、投資先の幅を広げ、柔軟な資金提供が可能となっています。例えば、JA三井リースが新株予約権付きローンを提供している事例があります。
2. オープンイノベーションの推進
CVCはオープンイノベーションを推進する手段として重要視されています。企業はスタートアップの新技術やアイデアを活用し、自社のイノベーションを加速させることができます。これにより、企業は市場のトレンドをいち早く捉え、競争優位性を維持・強化することが可能です。
3. 投資先の早期発掘とシナジー効果の重視
CVC活動では、有望なスタートアップに早期に接触し、投資を行うことが重視されています。これにより、新技術や新市場のトレンドを早期に捉え、企業の競争力を高めることができます。また、投資先とのシナジー効果を最大化するための戦略的な投資が行われています。
4. 投資戦略の多様化
CVC活動では、投資戦略が多様化しています。例えば、既存事業の強化を目的とした投資、新規事業の創出を目指した投資、ディスラプティブな技術を持つスタートアップへの投資など、さまざまなアプローチが取られています。
5. グローバル展開とネットワーキング
日本企業のCVC活動は、グローバル展開を視野に入れたものが増えています。シリコンバレーなどの海外市場に進出し、現地のスタートアップと連携することで、グローバルなイノベーションエコシステムに参加しています。また、CVC担当者同士のネットワーキングイベントも活発に行われており、情報共有や協力関係の構築が進んでいます。
6. 財務リターンと戦略リターンのバランス
CVC活動では、財務リターン(投資収益)と戦略リターン(事業シナジーや技術獲得)のバランスが重要視されています。企業は、スタートアップへの投資を通じて、財務的な利益だけでなく、自社の事業成長や技術革新を目指しています。
7. 政府の支援と規制緩和
日本政府は、スタートアップ育成のための支援策を強化しています。例えば、スタートアップ創出に向けた人材・ネットワークの構築、資金供給の強化、オープンイノベーションの推進などが挙げられます。これにより、CVC活動がさらに活発化することが期待されています