M&Aの解説をする
「まーくん」

「ストラクチャーを検討する」ステップは、M&Aの事前検討期間において、「価値評価を行う」ステップの次に取り組みます。

このプロセスは、価値評価を行う後である必要はありませんが、最終契約締結に向けた協議・交渉を行う前に、DDで得た情報を踏まえて検討を行います。

この記事で押さえるポイント

  • ストラクチャーの分類を理解する
  • 各ストラクチャーのメリット・デメリットを理解する
  • ストラクチャーを検討する

このステップのまとめ

M&Aのストラクチャーを検討する意義は、取引の目的達成のための最適な方法を定めることにあります。この過程では、取引の会計・税務や法務への影響を含む様々な要因を考慮し、譲渡主と譲受主の双方にとって最も適した手法を選ぶ必要があります。

ストラクチャーの選択は、目的に応じて絞り込まれ、メリットとデメリットの両方を慎重に検討することで、最適な選択がなされます。適切なストラクチャーの選択をすることで、M&A取引が円滑に進行し、想定されるリスクを最小限に抑えることが可能となります。

各ポイントの解説

✔ ストラクチャーの分類を理解する

M&Aにおけるストラクチャーとは、対象となる企業・事業をどのように取引するかを指します。取引の形態は様々な方法が存在し、取引の内容に応じて詳細を検討、最終的に決定されます。

まず、M&Aの手法には様々なタイプが存在し、これらは大きく「狭義のM&A」と「広義のM&A」という二つのカテゴリーに分けられると言われています。

広義のM&Aには、経営権の取得を前提としない、資本や業務の提携が含まれます。通常、M&Aといえば、経営権の取得を前提とする狭義のM&Aをを指します。

狭義のM&Aは、合併と買収を指す用語であり、企業や事業の経営権の移転を目的とします。これには、株式譲渡、第三者割当増資、株式交換、事業譲渡、会社分割、合併などの手法が含まれます。

手法概要
株式譲渡・譲渡主は譲受主に対象企業の株式を譲渡し、対価(現金)を受け取る、最も一般的な方法
・対象企業の株式を保有する株主が変わるのみであり、事業や企業資産・負債、権利・義務には基本的には影響がない
事業譲渡・対象企業の事業の一部または全てを譲渡し、対価を受け取る方法
・対象企業全体の譲渡ではなく、特定の事業、資産・負債、各種契約を個別に選定した上で譲渡する点が特徴
会社分割・対象事業の権利義務を承継し、対価として譲受企業の株式や現金を受け取る方法
・既に設立されている企業に事業を承継する「吸収分割」と、新しく設立する企業に事業を承継する「新設分割」の方法が存在
・事業譲渡と対象企業のうち事業を譲渡する点で類似しているが、会社分割では、対象事業の資産・負債、権利義務を包括的に承継する点で、事業譲渡と異なる 
合併・複数の企業を1つに統合し、消滅する企業の株主は、権利義務を承継する企業が発行する株式や現金を対価として受け取る方法
・既に存在する企業が消滅する企業の権利義務を承継する「吸収合併」と、合併時に設立する新しい企業に権利義務を承継する「新設合併」の方法が存在
株式交換・対象企業の発行済株式の全てを取得し、対価として譲受企業の発行済株式を交付する方法
・対象企業の完全子会社化を図るときに用いられる
・譲受企業の株式を何株交付するかは、対象企業との企業価値を比較し決定
株式交付・譲受企業が対象企業を自社の子会社にする目的で、対象企業の株式を取得する際に、対価として自身の株式を交付する方法
・株式交換は完全子会社化を前提としているが、株式交付は一部のみ(50%超)を取得する目的でも利用可能
株式移転・対象企業の発行済株式のすべてを、新たに設立する会社に取得させる、その新設会社が対象企業の完全親会社になる方法
・対象企業の株主は、保有株式と交換に新たに設立した企業の株式の交付を受ける
・株式交換は完全親会社が既に存在する会社であるが、株式移転は新設会社となる

その他にも、対象企業が新規に発行した株式を引き受ける「第三者割当増資」、経営権は基本的に取得しないものの出資と同時に業務提携関係を開始する「資本業務提携」、複数の企業で共同で事業運営のための会社を設立する「合弁会社(ジョイント・ベンチャー)」と呼ばれる方法も存在します。

✔ 各ストラクチャーのメリット・デメリットを理解する

ストラクチャーにはそれぞれメリットとデメリットがあります。例えば株式譲渡では、比較的簡単な手続きでM&Aを行うことが可能ですが、対象企業のリスクをそのまま引き継ぐ形になります。一方で、事業譲渡や会社分割で対象事業を切り出すことは可能となりますが、会社法で規定されている承認や手続きが必要となります。

ストラクチャーは、各専門領域の多面的な検討が必要になる分野ですので、必要な場合にはM&Aアドバイザーや外部専門家のアドバイスを受けるようにしましょう。

手法立場メリットデメリット
株式譲渡譲渡主側・手続きが比較的簡単であり、短い時間で実施できる
・売却利益を得ることできる
・譲渡株数により経営権を失う
・特定の資産を譲渡しない場合には別途手続きが必要
譲受主側・株式を取得することで、対象企業の経営権を掌握できる
・手続きが簡単であり、短い時間で実施できる
・対象企業の権利義務を承継できる
・簿外債務、偶発債務を引き継ぐリスクがある
・対価として現金が必要
事業譲渡譲渡主側・経営権の保持ができる
・残したい・切り離したい事業や資産を選択できる
・不採算事業の売却や主力事業への集中ができる
・競業避止義務を課される
・株式譲渡と比較して高い税率が課される
譲受主側・譲受けたい事業を選別できる
・簿外債務、偶発債務を引き継ぐ
・リスクを遮断できる償却による節税効果を享受できる
・許認可等再取得が必要となる
・契約を結び直す必要がある
・従業員から個別に同意が必要
・登録免許税、消費税などの税負担がかかる場合がある
会社分割譲渡主側・不採算事業の譲渡など、切り離す事業を選べるため、選択と集中を実現できる・非公開会社の株式が対価の場合、現金化が困難
・従業員からの個別同意が不要
・法務や税務面の手続きが複雑
譲受主側・対価として株式を活用できる
・権利義務を包括承継できる
・分割された事業を組み込むので、シナジー効果を得やすい
・簿外債務、偶発債務を引き継ぐリスクがある
・システムや制度の統合に手間がかかる
・株主構成が変化する可能性がある
合併消滅側・対価として受け取る
・株式の価格上昇による利益を見込める
・権利義務を包括承継できる
・会社法上の手続きが複雑
・法人格が消滅する
吸収側・権利義務を包括承継できる
・資金が十分になくても実行できる
・シナジー効果が期待できる
・会社法上の手続きが複雑
・合併比率により既存株主に影響を与える
株式交換子会社株主側・株式の売却益を見込める
・持分比率により譲受企業の経営に参画できる
・交付された株式の株価が下落するリスクがある
・非公開会社の株式が対価の場合、現金化が困難
親会社側・現金を用いずとも実施できる
・権利義務を包括承継できる
・少数株主を排除した上で完全子会社化できる
・簿外債務、偶発債務を引き継ぐリスク
・株式発行による希薄化により株価が下落するリスクがある
株式交付子会社株主側・譲渡益の繰延が可能な税制上優遇がある・交付された株式の株価が下落するリスクがある
・非公開会社の株式が対価の場合、現金化が困難
親会社側・必ずしも完全子会社化する必要がない
・現金を用いる必要がないので資金負担が軽減できる
・既に子会社化している場合には用いることができない
株式移転子会社株主側・譲渡益の繰延が可能な税制上優遇がある・交付された株式の株価が下落するリスクがある
・非公開会社の株式が対価の場合、現金化が困難
親会社側・現金を用いずとも実施できる組織の統合が比較的簡単・簿外債務、偶発債務を引き継ぐリスク
・株式発行による希薄化により株価が下落するリスクがある

✔ ストラクチャーを検討する

1. 取引対象を明確にする

上記で紹介したように、M&Aには様々なストラクチャーが存在します。

当初は対象企業の株式を譲り受ける想定で、基本合意を結んでいたものの、デュー・ディリジェンス(DD)の過程で予期しなかったリスクが発見され、M&Aの過程では、企業全体を(株式譲渡で)譲り受けるのではなく、切り出した形で譲り受けたいと考える場合があります。

そうすると結果的に、メリット・デメリットを勘案しながら、ストラクチャーを変更するということを考える必要があります。

2. 法務、会計・税務的な制約や影響の検討

ストラクチャーにより取引対象を特定したり、DDで検出されたリスクの除外が可能となるようなメリットもありますが、そのデメリットや結果的な影響を理解しておくと、アドバイザーにストラクチャーを提案された際に納得度が上がります。

財務の面ではストラクチャーにより、手元資金が不要とできる場合がありますが、対価である株式を発行することで、株式の希薄化が生じることとなります。

法務的には、例えば一部の事業のみを切り離して譲り渡す、あるいは譲り受けようとする際に、会社分割という手法を取ろうとすると、会社法と呼ばれる法律に規定されているステップを踏むことが要求されています。承認機関も株主総会か取締役会とするかが異なり、検討スケジュールにも大きな影響が生じる場合があります。

会計と税務的にも、例えば対象企業の株式を譲り受けるのか、対象企業を事業譲渡という方法で譲り受けるのかで、影響が異なります。対象企業の資産・負債自体が移動をするのか、移動する場合に譲渡損益が実現するか、移動しない場合でも税務的に時価評価が必要となるか、など課税関係の整理は慎重な検討が必要です。

ストラクチャーは、各専門領域の多面的な検討が必要になる項目ですので、必要な場合にはM&Aアドバイザーや外部専門家のアドバイスを受けるようにしましょう。

よくある失敗事例

よくある失敗事例

  • DDで検出した内容とストラクチャー検討を連動できない

    当初の取引ストラクチャーとして提案された株式譲渡をそのまま最終契約において採用したが、DDで検出したリスクを譲受けにあたって遮断することができず、譲受後にリスクが顕在化し多額の一時損失が発生する場合がある。
  • ストラクチャーを通じたメリットの享受を逃してしまう

    取引ストラクチャーの税務的な論点の検討が不十分であったため、税務メリットをM&Aにおいて享受を受けることができない場合がある。

よくある質問

M&Aを含む資本提携が選択される理由はなぜですか?

業務提携ではあくまでも別々の会社であるため、お互いの利害が合致する中での関係となりますが、資本関係を有し財務的な影響が生じうることで、持分比率や経営統合の形で程度の差はあれど、双方の目的を合致し易い形となり、より強い提携関係を模索することができます。

会社分割や株式交換は当事者間の合意のみで実施することができますか?

会社分割や株式交換は、会社法上の組織再編行為であり、当事者間の合意だけでなく、会社法に規定された手続きを行う必要があります。当該手続きが履践されていない場合、取引の無効や取り消し原因となる場合があります。