近年、企業情報開示の重要性が高まる中、開示情報の内容やその方法について、企業は頭を悩ませています。開示書類の変更は、M&Aを検討している企業にとっても、影響を与える可能性があります。
企業が投資家に対してどのような情報をどのように開示するかは、投資家の投資判断や企業価値に大きな影響を与えます。近年、企業には財務情報だけでなく、サステナビリティ(持続可能性)に関する情報開示も求められるようになってきています。
この記事では、企業情報開示のあり方について議論された「企業情報開示のあり方に関する懇談会 課題と今後の方向性(中間報告)」の内容を簡単にまとめ、企業情報開示の現状と課題、そして今後の方向性について解説します。
概要
日本企業の情報開示は、量が増えている一方で、投資家にとって本当に必要な情報が不足していたり、伝えたい相手に情報がうまく届いていなかったりするという課題が浮き彫りになっています。
一方で、企業側にとっては、開示する情報が増え、その負担も大きくなっているという現状があります。この記事では、これらの課題を解決し、企業価値向上に資する情報開示のあり方について、2つの具体的なイメージ案が提示されています。
中間報告のまとめ
I. はじめに
日本の企業情報開示は、投資家が必要とする情報を提供することを目的として、有価証券報告書やコーポレートガバナンス報告書など、制度に基づいた開示の充実が図られてきました。また、統合報告書やサステナビリティレポートといった任意の報告書を作成・公表する企業も増え、企業情報開示は進展しています。
しかし、日本企業の株価純資産倍率(PBR)や株価収益率(PER)といった指標は伸び悩んでおり、開示された情報の内容が不十分であったり、伝えたい相手に情報が効果的に伝わっていなかったりすることが原因として考えられます。
そこで、2024年4月に「企業情報開示のあり方に関する懇談会」が設置され、企業、投資家、有識者らが集まり、日本企業の情報開示の課題や目指すべき姿について議論が交わされました。
II. 日本企業の情報開示に関する課題等
懇談会では、主に以下の2つの観点から、日本企業の情報開示の課題について議論されました。
- 企業価値向上に資する開示情報の内容・質に関する課題
- 投資家にとって重要な「ビジネスモデル」や「セクター別のデータ・KPI」などの情報開示が不十分
- 英文でのタイムリーな情報開示の必要性
- 有価証券報告書、コーポレート・ガバナンス報告書、統合報告書、それぞれの報告書の内容に関する課題
- 企業情報開示の体系に関する課題
- 開示書類間の記載内容の重複
- 有価証券報告書と統合報告書の使い分けの実態と課題
- 各報告書の一本化の可能性
III. 新たな情報開示のあり方に関するアイデア等
懇談会では、上記のような課題を踏まえ、企業価値向上に資する情報開示の姿として、2つのイメージ案が提示されました。
- イメージ案1:法定開示と任意開示の役割分担
- ビジネスモデルや価値創造プロセスなどの情報は任意の統合報告書に記載し、法定開示書類とは役割を分担する
- 制度開示は、有価証券報告書、事業報告・計算書類等、コーポレート・ガバナンス報告書の情報を一つの書類に集約する
- イメージ案2:二層構造の開示体系
- イメージ案1と同様に制度開示を一本化し、さらに統合報告書に記載されることが多い情報も必要に応じてこの法定開示書類に含める
- 法定開示書類は、企業の価値創造に関する全体像を示す部分と、詳細な情報を示す部分の二層構造とする
これらのイメージ案に加えて、以下の共通のポイントについても議論されました。
- 事業報告等、有価証券報告書とコーポレート・ガバナンス報告書の一体開示
- 定時株主総会前の一体書類の開示
- 英文による情報開示
- XBRL化(機械可読な形式での開示)
企業側で考えられる動き
- 情報開示の効率化: 報告書の一本化やXBRL化など、情報開示の効率化が進むことで、企業は情報開示にかかるコストや負担を削減できます。複数の部署が連携して一つの報告書を作成することで、情報の一貫性も高まり、経営における統合思考も促進される可能性があります。
- 積極的な情報開示: 投資家にとって企業価値判断に不可欠な「ビジネスモデル」や「セクター別のデータ・KPI」といった情報を積極的に開示することで、企業価値の向上に繋がることが期待できます。また、「戦略報告」のような将来に向けたビジョンや戦略を開示する場を設けることで、投資家との建設的な対話を促進し、企業戦略をさらに磨き上げる機会にもなります。
- 企業規模に応じた情報開示: 中小企業にとっては、大企業と同じレベルの情報開示を求められることは負担が大きいため、企業規模に応じた情報開示のあり方が検討されています。段階的な情報開示の導入や、開示項目の選択制などが実現すれば、中小企業も無理なく情報開示を進めることができるようになるでしょう。
M&Aを考える企業に与える影響
M&A を検討している企業や、M&A を積極的に行っている企業にとって、開示書類の変更は以下のような影響が考えられます。
- 情報開示の負担増加:
- 買収企業は、ターゲット企業の財務状況や事業内容を詳細に把握する必要があります。もし開示書類の様式や内容が変更されれば、情報収集や分析に係る負担が増加する可能性があります。
- また、統合報告書に記載されていたような非財務情報が、法定開示書類に統合される場合、開示の準備や情報収集の負担が増える可能性があります。
- 法定開示書類において、企業の情報開示に関する取締役会や取締役の責任がより明確に規定される可能性があります。
- これにより、M&Aに関する情報開示の責任がより重くなり、虚偽記載や不十分な開示に対する責任追及のリスクが高まることが想定されます。
- M&A戦略への影響:
- 開示書類の変更により、企業価値評価の方法や基準が見直される可能性があります。
- 例えば、非財務情報が重視されるようになれば、財務情報だけでなく、ESG(環境・社会・ガバナンス)に関する情報もM&Aの検討材料として重要視されるようになるでしょう。
- これにより、M&A戦略の変更や、新たな情報収集・分析体制の構築が必要となるかもしれません。
- 企業価値評価への影響:
- 開示情報の内容や質が向上することで、投資家は企業の価値をより正確に評価できるようになります。
- また、非財務情報が開示されることで、長期的な企業価値の向上につながるM&Aが促進される可能性もあります。
- 情報開示の変更は、短期的な利益だけでなく、長期的な企業価値向上を重視する経営を促す狙いがあります。
- 企業価値が適切に評価されることで、M&Aにおける価格交渉もより公正なものになることが期待されます。
- 取締役会は、M&Aを検討する際、短期的な財務効果だけでなく、長期的な企業価値向上に貢献するかどうかを慎重に検討する必要があります。
- そのため、M&A後の統合プロセスや、長期的なシナジー創出に向けた戦略策定などが、これまで以上に重要視されるようになるでしょう。
上記の影響を踏まえ、M&Aを検討している企業や、M&Aを積極的に行っている企業は、開示制度の変更を注視し、必要な対応を検討していく必要があります。
特に、以下のような対応が求められると考えられます。
- 情報収集・分析体制の強化:
- 開示書類の変更に対応できるよう、財務情報だけでなく、非財務情報に関する情報収集・分析体制を強化する必要があります。
- 専門家を活用したり、社内での情報共有を徹底したりするなど、効率的な情報収集・分析体制を構築することが重要です。
- ESGに関する専門知識を持つ人材の育成や、外部専門家との連携を検討することも有効です。
- 積極的な情報開示:
- 自社の企業価値を適切に評価してもらうためには、開示書類の変更に先駆けて、積極的に情報開示を進めることが重要です。
- 投資家との対話を重視し、企業価値向上に向けた取り組みを積極的にアピールすることで、M&Aを有利に進めることができる可能性があります。
- 情報開示責任の明確化とリスク管理:
- 取締役会は、自社の情報開示責任を明確に理解し、適切な情報開示体制を構築する必要があります。
- また、虚偽記載や不十分な開示によるリスクを認識し、適切なリスク管理体制を整備することが重要です。
- M&A戦略の見直し:
- 開示制度の変更によって、M&Aにおける企業価値評価の方法や基準が見直される可能性があります。
- 自社のM&A戦略が、新たな開示制度に対応したものとなっているか、定期的に見直す必要があります。
- 長期的な企業価値向上を重視したM&A戦略:
- M&Aを検討する際は、短期的な財務効果だけでなく、長期的な企業価値向上に貢献するかどうかを慎重に検討する必要があります。
- M&A後の統合プロセスや、長期的なシナジー創出に向けた戦略策定など、長期的な視点でのM&A戦略を策定することが重要です。
まとめ
日本企業の情報開示は、量が増えている一方で、投資家にとって本当に必要な情報が不足していたり、伝えたい相手に情報がうまく届いていなかったりするという課題があります。
企業側にとっては、開示する情報が増え、その負担も大きくなっていることも問題となっています。これらの課題を解決するために、法定開示と任意開示の役割分担や、二層構造の開示体系といった新たな情報開示のあり方が提案されました。
今後の企業情報開示は、投資家との対話を促進し、企業価値向上に貢献できるような方向へと進んでいくことが期待されます。
また、企業情報開示の在り方の変更が、M&A実務に与える影響も注視していく必要があります。