内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局が2024年5月9日に公表していた労働市場に関する基礎資料から読み取れる影響についてまとめました
賃金と雇用の現状
賃金カーブと年功序列
- 賃金カーブ: 日本では、若い世代の賃金が低く、勤続15-19年目以降から急速に上昇する傾向があります。50代が男性の年収のピークであり、年功序列の傾向が見られますが、少しずつフラット化しています。
- 国際比較: 日本の労働者の勤続年数は長く、労働の流動性が低いです。OECD諸国の平均と比べても、日本の労働者の勤続年数は高いです。
非正規雇用と賃金格差
- 同一労働・同一賃金制: 非正規雇用労働者の賃金を上げるためには、同一労働・同一賃金制の徹底が不可欠です。施行後も正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間には賃金格差が存在します。
- 賃金格差: 正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間には、時給ベースで600円程度の賃金格差があります。
転職と労働移動
- 転職希望者: 現在、転職活動中、またはいずれ転職したい人の割合は就業者全体の37.0%です。特に34歳以下では過半数の人が転職を希望しています。
- 転職理由: 若者は「自分に合った仕事がわからない」、シニア層は「求人の年齢と自分の年齢が合わない」が主な理由です。
労働移動の影響
- 生涯賃金上昇: 労働移動が円滑である国ほど、生涯における賃金上昇率が高いです。例えば、米国や英国では、年に10%が労働移動し、生涯の賃金上昇は75%です。
- 労働生産性: 労働移動が円滑である国ほど、国の労働生産性(労働時間当たり実質GDP)が高いです。
リ・スキリングと職種間の移動
- デンマークの事例: デンマークでは、リ・スキリング(再教育)を行った場合、求職者の新たな雇用は元の職種以外の職種での雇用増加が多く、成長分野への円滑な移動が行いやすいです。
- 日本の課題: 日本では、就職すると学び直しの機会が少なくなるため、在職期間中のリ・スキリングの強化が必要です。
兼業・副業制度
- 導入状況: 兼業・副業制度がある会社は2022年で51.8%です。目的は「従業員のモチベーション向上」や「従業員の定着率の向上」が主な理由です。
- 効果: 兼業・副業人材の受け入れにより業績の向上につながっている企業の割合は64.3%です。
兼業・副業制度の導入状況
- 導入企業の割合: 2022年時点で、兼業・副業制度を導入している企業は51.8%です。
- 導入の目的: 主な目的は「従業員のモチベーション向上」(50.3%)と「従業員の定着率の向上、継続雇用につなげるため」(50.2%)です。
兼業・副業のメリット
従業員にとってのメリット
- 収入の増加: 本業に加えて副業を行うことで、収入を増やすことができます。
- スキルアップ: 本業では得られない知識や経験を得ることで、スキルアップやキャリアアップにつながります。
- 自己実現: 副業を通じて「やりたいこと」に挑戦できるため、自己実現の追求や幸福感の向上につながります。
- 転職や起業の準備: 本業の収入を得ながら、副業を通じて転職や起業の準備を進めることができます。
企業にとってのメリット
- 優秀な人材の獲得と定着: 副業を認めることで、優秀な人材の獲得や流出防止につながります。
- 従業員のスキル向上: 副業を通じて得たスキルや知識が本業に還元され、従業員の質が高まります。
- 従業員のモチベーション向上: 副業を認めることで、従業員のモチベーションが向上し、主体的に働けるようになります。
- 企業イメージの向上: 副業を認めることで、柔軟な働き方を提供する企業としてのイメージが向上します。
兼業・副業のデメリット
従業員にとってのデメリット
- 過重労働: 本業と副業の両方をこなすため、労働時間が長くなり、過重労働となる可能性があります。
- 生産性の低下: 充分な休息を取れないことで、生産性が落ちる可能性があります。
- 収入の不安定さ: 勤務時間や日数が少ない場合、まとまった収入を得にくいことがあります。
- 雇用保険の適用外: 労働日数・時間が短い場合、雇用保険の適用対象とならない可能性があります。
企業にとってのデメリット
- 本業への支障: 従業員が副業を行うことで、本業の業務の能率やクオリティが低下する可能性があります。
- 人材流出のリスク: 副業を通じて他社に魅力を感じた従業員が転職するリスクがあります。
- 従業員の健康管理: 過重労働による従業員の健康管理が難しくなる可能性があります。
- 情報漏洩のリスク: 本業で知り得た情報やノウハウが副業先に漏洩するリスクがあります。
兼業・副業制度の成功事例
- 丸紅: 2018年4月より、全従業員を対象に勤務時間のうち15%を使い、新しい事業の考案などを行う「社内副業」を推進。
- 佐川急便: 2017年6月、セールスドライバーの正社員採用において、週休3日制・副業OKという「変形労働制」を一部エリアで試験的に導入。
政府の取り組み
- ガイドラインの策定: 厚生労働省は「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公開し、企業や従業員が法令のもとでどのようなことに留意する必要があるかを具体的に示しています。
- モデル就業規則の改定: 2018年1月に「モデル就業規則」を改定し、「許可なく他の会社等の業務に従事しないこと」の規定を削除しました。
個社事例
- SCSKの事例: 国内大手IT企業であるSCSKは、副業を全面解禁し、従業員が他のプロジェクトや企業での経験を積むことを奨励しています。これにより、従業員のスキルアップやモチベーション向上が図られています。
- 丸紅の事例: 丸紅は、全従業員を対象に「社内副業」を推進し、新しい事業の考案などを行う時間を設けています。これにより、従業員の創造性や新規事業の開発が促進されています。
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影響を受けると考えられる業界
IT業界
IT業界は人材不足が深刻であり、プログラミングや開発ができる副業人材を求めているケースが多いです。副業を通じてスキルを活かせる機会が多く、また高単価の案件が多いことから、ITエンジニアにとって副業は魅力的です。
サービス業
サービス業は従業員の多様な働き方を支援するために副業を推進する傾向があります。特に、飲食業や小売業などでは、従業員のモチベーション向上や定着率の向上を目的として副業を認める企業が増えています。
金融業
金融業界では、データ分析やリスク管理などの高度なスキルが求められます。副業を通じてこれらのスキルを磨くことで、従業員の専門性が向上し、業務の効率化や新しい金融商品開発に寄与する可能性があります。
クリエイティブ業界
理由: デザイン、ライティング、動画編集などのクリエイティブなスキルは、副業を通じて磨かれることが多いです。これにより、従業員は新しい視点や技術を本業に持ち込むことができ、企業のマーケティングやブランディングに貢献します。
医療・福祉業
医療・福祉業界では、従業員のスキルアップや収入増加を目的として副業を推奨する動きがあります。特に、看護師や介護士などの専門職は、副業を通じて他の医療機関での経験を積むことができるため、スキルの向上に繋がります。
教育業
教育業界では、教員や講師が副業を通じて他の教育機関やオンラインプラットフォームでの授業を行うことが一般的です。これにより、収入の多様化や教育スキルの向上が期待されます。
製造業
製造業では、特に中小企業が人手不足に対応するために副業を認めるケースが増えています。従業員が副業を通じて他の製造業務に従事することで、スキルの多様化や生産性の向上が期待されます。
考えられるM&Aへの影響
賃金カーブの影響
賃金カーブは、従業員の年齢や勤続年数に応じた賃金の上昇を示します。企業がM&Aを行う際、賃金カーブの急激な上昇がコスト負担となる場合があります。これに対処するため、企業は以下のような動きを見せる可能性があります。
- コスト削減のための再編: 賃金カーブが急激な業界では、M&Aを通じてコスト削減を図る動きが見られるでしょう。特に、重複する部門の統廃合や効率化が進むと予想されます。
非正規雇用の賃金格差
非正規雇用の賃金格差が問題視されており、これを是正する動きが進んでいます。M&Aの際には、以下のような影響が考えられます。
- 賃金格差是正のための統合: 非正規雇用の賃金格差を是正するため、M&A後の企業は賃金制度の統一を図る必要があります。これにより、労働条件の改善が進むでしょう。
労働移動の影響
労働移動が活発化することで、企業は以下のような対応を迫られるでしょう。
- 人材確保のためのM&A: 優秀な人材を確保するため、企業はM&Aを通じて人材を獲得する動きが見られるでしょう。特に、専門知識やスキルを持つ人材が求められる業界では、この傾向が強まると予想されます。
リ・スキリングの重要性
リ・スキリング(再教育)の重要性が高まっており、企業は従業員のスキルアップを支援する必要があります。これにより、以下のような動きが予想されます。
- スキルアップを目的としたM&A: 企業はリ・スキリングを支援するため、教育・研修機能を持つ企業を買収する動きが見られるでしょう。これにより、従業員のスキルアップが促進され、企業全体の競争力が向上します。
兼業・副業制度の導入状況
兼業・副業制度の導入が進むことで、以下のような影響が考えられます。
- 柔軟な働き方の推進: 兼業・副業制度を導入する企業が増えることで、柔軟な働き方が推進されます。これにより、M&A後の企業統合においても、従業員の多様な働き方を尊重する動きが見られるでしょう。
まとめ
これらの要素を総合すると、M&Aや業界再編の動きは、コスト削減や人材確保、スキルアップの推進、柔軟な働き方の導入など、多岐にわたる要因によって影響を受けると予想されます。企業はこれらの動向を踏まえ、戦略的なM&Aを進めることで、競争力を高めることが求められるでしょう。